牧阿佐美バレヱ団「ダンス・ヴァンドゥⅡ」2024

標記公演を見た(2月3日 文京シビックホール 大ホール)。芸術監督 三谷恭三のプロデュース公演「ダンス・ヴァンテアン」に続く新シリーズ、「ダンス・ヴァンドゥ」の2回目である。22年の前回は、前年に亡くなった牧阿佐美を偲び、アシュトン作品と牧の振付集というプログラムだった。今回は三谷自身の色彩濃厚な公演である。

3部構成の第1部は、バランシン振付『ジュエルズ』より「ルビーズ」、第2部は三谷振付『ヴァリエーション for 4 』、『エスメラルダ』よりワガノワ振付「ダイアナとアクティオン」GPDD、牧振付『飛鳥 ASUKA』より「すがる乙女と竜神の PDD」、第3部はローラン・プティ振付『アルルの女』。バランシン、プティというムーヴメント創出に優れた振付家作品と、牧、三谷という団所属振付家作品が並び、創作物に力を注いできたバレヱ団の歴史を窺わせる。

バランシンの「ルビーズ」(67年)は、96年に「ダンス・ヴァンテアン」で団初演、翌97年の再演以来、27年振りの上演である。ストラヴィンスキーの『ピアノとオーケストラのための奇想曲』に振り付けられた闊達なシンフォニックバレエ。ルビーの情熱的な煌めきを模した短い衣裳(カリンスカ)で、男女プリンシパル、女性ソリスト、男性4人、女性8人が、バランシン特有のモダンな語彙を炸裂させる。直線的グラン・バットマンからのポアント突き刺し、大股開きのグラン・プリエ、腰やお尻を突き出す動き、肘、手首を曲げた回転、膝を出しての小走りなど。バレエのパの拡張を大きくはみ出して、バレエの禁じ手を連発する。社交ダンスの組手はジャズエイジの狂騒を想起。女性ソリストが大股グラン・プリエ、アラベスク・パンシェを連続させるシークエンス、4人の男性が女性ソリストの手と足を持って、ポーズを作っていくシークエンスが面白い。

初日の男女プリンシパルは『三銃士』でも組んだベテラン米澤真弓、清瀧千晴。米澤の優れた音楽性、高い技術が、振付のアタックをビシビシと可視化する。清瀧は米澤を見守りつつ、超絶技巧を披露。明るく、楽しく、ユーモラスに、息を合わせて作品を牽引した。ソリストの高橋万由梨は大らかさあり。グラン・プリエやアタックはやや淑やかだったが、アラベスクの美しさが際立っていた。ノーブルな中島哲也、坂爪智来、細野生、濱田雄冴の男性陣、織山万梨子率いるアンサンブルは、当初硬さが見られたものの、主役の躍動に引っ張られて徐々に覚醒、最後はバランシンの突き抜けた明るさを舞台に横溢させた。振付指導はポール・ボーズによる。

第2部の三谷作品『ヴァリエーション for 4 』(2000年)も「ダンス・ヴァンテアン」から生まれた。ウォルトンの『ファサード組曲』第1、2番に振り付けられ、黒いTシャツに黒ズボン、黒帽子に白手袋という小粋なスタイルで、男性4人が踊る。ショーアップされた高難度ソロが並ぶ、言わば顔見世作品。歴代のダンサーが踊り継いで、今回は鈴木真央、石山陸、大平歩、小笠原征諭が、溌溂とした踊りを見せた。

続く「ダイアナとアクティオン」のGPDDは、ロシア・バレエの人気コンサートピース。初日アクティオンの大川航矢が得意とする演目である。胸のすくような超絶技を爽やかに踊り、晴れやかなオーラで客席を包む。ディアゴナルの 540 連発は見たことがない。対するダイアナの上中穂香は、伸びやかなラインで女神の気品を示した。若手女性アンサンブルの瑞々しい踊りが、バレヱ団の新しい地平を予感させる。

牧作品『飛鳥 ASUKA』より「すがる乙女と竜神のPDD」は、日髙有梨と近藤悠歩によって踊られた。竜神とすがる乙女の婚姻の踊りで、すがる乙女の慎ましやかで凛とした佇まいが記憶に残る。日髙は22年の全幕上演において、近藤と「銀竜」を踊っており、今回はむしろそちらに近い印象を受けた。スレンダーな肢体からダイナミックな踊りが繰り出される。竜神の近藤はロマンティックなタイプ。今回は日髙のサポート役に徹している。

第3部のプティ作品『アルルの女』(74年)も、「ダンス・ヴァンテアン」で団初演された(96年)。以降、バレヱ団は数々のプティ作品を上演、初演し、プティとの蜜月を築いた。今回はルイジ・ボニーノの直接指導を得て、作品本来の姿が蘇っている。ヴィヴィエットの青山季可、フレデリの水井駿介には役の肚が入り、プティ語彙の経験豊富なベテランダンサーがアンサンブルを主導、さらに作品の全てを知り尽くすデヴィッド・ガーフォースの指揮が加わり、プティの最高傑作が輝かしい命を取り戻した。

バランシンが音楽から振り付けるなら、プティは物語から。手揺らし、脚揺らし、体あおり、6番足、フレックス足、くるくるパーの手回しなど、プティならではの装飾語彙が、バレエのパに装着される。その全てに意味があり、物語を指し示す。「メヌエット」でのヴィヴェットのクキクキ動き、「ファランドール」でのフレデリの足踏みマネージュの素晴らしさ。選曲はもちろん、動きと音楽の関係性も傑出している。

ベテランの青山はこれまでの蓄積を生かし、報われない愛を体に持ち続ける。心ここにない男との哀切極まるパ・ド・ドゥ、フレデリのシャツを拾い、腰低く消え入るように去る姿に、青山の来し方が表れていた。足首上下ヒョコヒョコ歩きの可愛らしさ、口に手を当てる表情の瑞々しさも、青山の個性である。対する水井は高い技術を駆使し、アルルの女への激情を全身で表現する。男性陣を率いて踊るフラメンコの気迫、終幕マネージュの一足一足には渾身のパトスがこもっていた。全身全霊を傾けたフレデリだった。坂爪智来を始めとする男女友人たちは、プティ振付の意味を体現、優れた音楽性で生きたアンサンブルを作り上げている。

ガーフォースの指揮が素晴しい。ストラヴィンスキーの弾けっぷり、コンサートピースのダイナミックな迫力、ビゼーのドラマ構築と、多彩な指揮で充実の公演を率いた。管弦楽は東京オーケストラ MIRAI 。