7月に見たバレエ公演 2023

牧阿佐美バレヱ団『三銃士』(7月1、2日 新国立劇場中劇場)

アンドレ・プロコフスキー振付『三銃士』(80年 オーストラリア・バレエ)は、1993年に団初演された。再演を繰り返す重要なレパートリーで、振付家の音楽性、技巧性、ユーモアが炸裂するロマンティックな活劇である。原作はアレクサンドル・デュマ、音楽はヴェルディの様々なオペラを、ガイ・ウールフェンデンが編曲している。舞踊史家の故薄井憲二氏はプロコフスキーと親交が深く、『三銃士』を牧阿佐美バレヱ団、『アンナ・カレーニナ』を日本バレエ協会、法村友井バレエ団、『ロミオとジュリエット』を井上バレエ団に託した。

2キャストが組まれたが、大まかに言えば、初日は古典スタイルを重視、二日目はドラマを重視する座組だった。初日、リシュリュー枢機卿の保坂アントン慶、ロシュフォールの塚田渉が見守る中、ダルタニアンの水井駿介はパ・ド・ドゥに物足りなさが残るものの、切れ味鋭い踊り、コンスタンスの阿部裕恵は音楽性豊かな踊り、ミレディの青山季可は気品のあるクールな踊りで、すっきりとした舞台を作り上げた。

二日目のダルタニアンはベテランの清瀧千晴。晴れやかな笑顔、端正でダイナミックな踊り、ゆったりとしたサポートで、大らかなダルタニアン像を造形した。清瀧の明るいオーラが舞台を温めている。対するコンスタンスもベテランの米澤真弓。侍女としてのきめ細やかな演技、定評ある技術、さらに相手に寄り添う真情を見せて、清瀧と共に円熟の舞台を作り上げた。真実味のあるアンヌ王妃 佐藤かんなとの哀しみのデュエットは、ピットのオーボエ、フルートと一致し、しみじみとした情感を醸し出した。ミレディは豪華な光永百花。残酷さだけでなく情の深さも垣間見せる。適役だった。バッキンガム公爵の近藤悠歩は、滑らかな踊りでロマンスも作れる珍しいタイプだが、技術の更なる向上を期待したいところ。

三銃士は、豪快ポルトスの大川航矢、正統派アトスの清瀧/水井、少しユーモラスなアラミスの正木龍之介。もう少しアラベスク・バランスの粘りが望まれるが、剣捌きも鮮やかに元気に護衛隊員とのバトルを演じている。全体に物語の流れがよく伝わる丁寧な仕上がりで、レパートリーとして蘇った印象を受けた。

指揮は湯川紘惠、演奏は東京オーケストラ MIRAI 。ムーティの薫陶を受けた湯川は、ヴェルディのエッセンスを余すところなく音にし、生き生きとした舞台作りに大きく貢献した。

 

井上バレエ団『シルヴィア』(7月15日 文京シビックホール 大ホール)

2019年に新制作された全幕バレエの再演である。構成・演出・振付は石井竜一、美術は大沢佐智子、衣裳は西原梨恵、照明は立川直也、音楽監督は冨田実里(指揮も)という布陣。1876年パリ・オペラ座初演時の台本(バルビエ)に基づいた構成で、音楽は一部曲順を変更している。初演の際には、3幕ディヴェルティスマンの輝かしさが印象的だったが、今回も同様、同幕の音楽性豊かな振付を堪能することができた。

ただし課題だった1幕の出入りや動線は手つかずのままに見える。アミンタがカミテ奥で倒れ、その後シモテの坂のところに行き、再び舞台中央に戻るのは何故だろう。村人が一度カミテに入り、再び舞台に出るのは? 演劇的法則に基づかない動きが混じるため、個々の振付は見応えがあっても、物語の流れが滞りがちになる。初演時に見られた舞台の求心力にもバラつきがあり、再演の難しさを感じさせた。

初日シルヴィアの源小織(二日目 根岸莉那)は、バレエ団の個性であるあっさりとした感情表現に丁寧な踊りで主役に復帰した。まだ本調子とは言えないが、舞台を慎ましくまとめる姿が印象深い。対するアミンタの浅田良和(二日目 荒井成也)は、高難度のヴァリエーションを晴れやかに踊り、振付家の期待に応えた。芝居も細やかで源との呼吸も合っている。オリオンの檜山和久(二日目 遅沢佑介)は暗い血が通うはまり役。初演時からさらに磨きをかけ、明確なマイムに力強い踊りを見せた。エロスの越智ふじの(二日目 井上愛)も同じく。細かい足技を駆使し、可愛らしいエロスを造形した。3幕、アミンタの羊飼いの杖を見て、かつて愛したエンディミオンを思い出し、シルヴィアとアミンタを許す純潔の女神ディアナは小髙絵美子(二日目 大島夏希)。威厳と美しさをまとい、壇上からディヴェルティスマンを見守った。

指揮は音楽監督の冨田実里、演奏はロイヤルチェンバーオーケストラ。ドリーブ・ファンとしては夢見るようなメロディを期待したが、『コッペリア』(21年)同様、エネルギッシュで拍の強い音作りだった。

 

東京シティ・バレエ団創立55周年記念公演「トリプル・ビル」(7月16日 ティアラこうとう大ホール)

3部構成で、バレエ団の歴史と現在を概観する。韓国との縁が深い同団らしく、韓国国立バレエ団から4人のダンサーを招いて創作小品を上演する、特別企画も加わった(日韓バレエ文化交流事業)。

1部はバランシン振付『Allegro Brillante』。主役の飯塚絵莉は回転技に優れ、振付ニュアンスを的確に表現、アレグロの輝かしさそのものだった。対する吉留諒は明確なエポールマン、美しいサポートで騎士のようなパートナーぶり。音楽的なアンサンブル(第2キャスト)も主役と一体となり、バランシンを踊る喜びが舞台にあふれた。音楽はチャイコフスキー「ピアノ協奏曲3番」(ピアノ:御法川恵里奈)。

2部は創作小品集。まずは韓国国立バレエ団プリンシパルパク・ソルギ振付『Quartet of the Soul』。パクを含む女性2人、男性2人が、ピアソラの憂いを帯びた音楽でスタイリッシュに踊るコンテンポラリーダンスである。ピアノやチェロの弾き振りから情感豊かなアダージョまで、ダイナミックな動きや弾力ある溜めを駆使し、情熱的で陰影の深いダンスを披露した。

続いてバレエ団所属振付家3人の作品による「シティ・バレエ・セレクション」。故石田種生振付の『挽歌』は、シベリウスの『トゥオネラの白鳥』に振り付けられた。岡博美を中心とした黒タイツの女性6人が、4羽、2羽、ソロ、3羽とフォーメーションを変え、しっとりとした情感を醸し出す。背中合わせのパ・ド・ブレ・プロムナードといった珍しい振付も。最後は円になってパ・ド・ブレで周り、正座で終わる。白鳥の死を思わせる日本的情緒を帯びた名品である。続く中島伸欣振付『カルメン』よりパ・ド・ドゥは、ビゼーの『カルメン』他を用いた劇的作品。中島の本領である官能的な愛の形が、濃厚に描かれる。カルメンがホセの頭を押さえながら開脚するリフト、四つん這いカルメンの下をホセがくぐる振付は、中島にしか創り得ない振付である。カルメンの志賀育恵は、赤スリップに鮮烈な脚線美でホセを翻弄。奔放な動きは相変わらず。ホセの濱本泰然は、朴訥さと暗い激情を大きな体に滲ませる。共にはまり役だった。最後は石井清子振付『四季』より「春」。ヴィヴァルディの音楽に乗って、庄田絢香、吉留諒の春の精、折原由奈の風の精が、妖精アンサンブル、子供たち・小鳥たちと爽やかに踊る。石井の練達の児童舞踊、優れた音楽性をよく表した作品だった。踊りから音楽が聞こえてくる。

3部はバレエ団の定番となったウヴェ・ショルツの『ベートーヴェン交響曲第7番』。音楽と踊りの繰り返しが喚起する喜び、カノンの爽快感にあふれる優れたシンフォニック・バレエである。ショルツ・ダンサーの佐合萌香、懐深いサポートのキム・セジョン、晴れやかな清水愛恵に加え、新加入の大久保沙耶が、磨き抜かれたラインに濃厚なパトスを湛え、ショルツの音楽性のみならずドラマ性までをも可視化させた。アンサンブルは手の内に入った振付を生き生きと踊っている。

*3月公演のイリ・ブベニチェク振付『L'heure bleue』で、美しいエンディミオンを演じた福田建太が、今回目立たなかったのは残念。輝かしいスター性、無意識の体は、稀少な個性と言える。

井田勝大の指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏が、バレエ団の歴史と現在に愛情深く寄り添う。同じ江東区と芸術提携を結び、地域の文化振興を担う団体同士である。

 

小林紀子バレエ・シアター「バレエ・ダブルビル 2023」(7月23日 新国立劇場 中劇場)

第123回公演は、ケネス・マクミラン振付『コンチェルト』、ニネット・ド・ヴァロワ振付『チェックメイト』の英国バレエ・ダブルビルである。

マクミラン作品は66年、芸術監督を務めたベルリン・オペラ・バレエによって初演された。ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲2番に振り付けられ、初演者リン・シーモアがバーでウォーミングアップする姿に触発された2楽章のアダージョは、コンサート・ピースにもなっている。今回も島添亮子のゴージャスな体と優れた音楽性が、ジェームズ・ストリーターの控えめだが行き届いた英国風サポートを得て、女性美を際立たせる夢のようなパ・ド・ドゥを現出させた。軽快な1楽章では真野琴絵のきびきびとした足技、上月佑馬の音楽的で切れの良い踊りがアンサンブル(ポアント音なし)を牽引。マクミラン中期シンフォニック・バレエの貴重な再演である。ピアノ演奏は中野孝紀。

ド・ヴァロワ作品は37年、パリ万博の一環として、サドラーズウェルズ・バレエによりシャンゼリゼ劇場で初演された。ド・ヴァロワのバレエ・リュスでの蓄積が、自身の明快な空間構成、優れた音楽性、新鮮なムーヴメント+フォーメーション創出と結びつき、ナチス台頭の情勢をも背後に示す英国バレエの傑作を生みだした。前回評はコチラ

前回に続いて黒の女王に澁可奈子、赤の第一騎士に望月一真という組み合わせ。伸びやかな体躯と規範に則った踊りで、気迫のこもったパ・ド・ドゥを見せるが、怖ろしさや官能性はやや後退する。バレエ団の個性だろうか。赤の女王には大森結城、赤の王には後藤和雄、赤第2の騎士には髙野大希、黒の騎士には吉瀬智弘、冨川直樹が配された。今回も濱口千歩、武田彩希率いる赤の歩アンサンブルが、両手首を外側に撥ね上げて、清潔に歩行する。可愛らしかった。

指揮のポール・ストバートが、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団を率いて、英国バレエのレパートリー再演を支えている。

 

新国立劇場 こどものためのバレエ劇場 2023『エデュケーショナル・プログラム 白鳥の湖(7月28日 昼夕、29日昼 新国立劇場 オペラパレス)

ピーター・ライト版を基に、BRB のバレエスタッフ、マリオン・テイトが原案を作った教育プログラム。演技監修に元 BRB の山本康介、演技指導に新国立劇場演劇研修所講師の小林七緒が加わっている。客席と舞台を繋ぐナレーターは、関修人、見寺剛が、6回公演を3回づつ担当、指揮の冨田実里とも連携し、観客を巻き込むプログラムを元気に推進した。

ライト版第3幕を中心とする演出は緻密に練り上げられていて、完成度が高い。英国らしく、マイムの解説に時間を多く割くという特徴もある。子供たちはナレーターの呼びかけに元気に答え、嬉々としてマイムを実践。1時間ながら、たくさんの新たな発見が体に刻まれたと思われる。一方で、子供たちの集中が時に切れたり、踊りが少ないという感想も聞こえ、日本改訂版を視野に入れてもいいような気がした。

主役3キャストのうち、6月の『白鳥の湖』本公演から大きく変わったのは、初日昼の渡邊峻郁。堅苦しかった佇まいが自然になり、本来の伸びやかで情熱的な王子を造形している。オデット/オディールの米沢唯とは初『白鳥』ながら、阿吽の呼吸。貫禄を漂わせる米沢に翻弄されながら、喜びにあふれるソロを踊る。マイム紹介時に課せられた発話は二人とも自然だった。初日夕の木村優里と速水渉悟は、声よりも踊り。若々しくダイナミックなパ・ド・ドゥを踊る。二日目昼の柴山紗帆、井澤駿は声よし、踊りよし。本公演と同じ、息の合った踊りを見せた。

ロットバルト、ベンノ陣は、本公演と同じく個性を発揮。王妃はベテランの楠元郁子に、関優奈、関晶帆が加わった。それぞれ優しさ、威厳、美しさを備えている。本公演と同じ各国の王女たちは、ヴァリエーションはなかったが、つんつん演技は怠りなく。ナポリには石山蓮が軽快に、スペインには花形悠月がスタイリッシュに加わった。花形は本公演も今回も2羽の白鳥を踊っているが、なぜか単独の踊りに見える。もう少し相方の中島春菜と呼吸を合わせ、自分たちの身の上に思いを馳せる必要があるのではないか。もう一組の金城帆香、山本涼杏は、同じダイナミック=おっとりコンビながら、息が合っている。スペインの森本晃介は大きさ、美しさに、今回はテンポも追いついた。

演出を心得た冨田の緩急自在の指揮で、東京フィルハーモニー交響楽団が献身的に演奏する(オーボエ、ハープのソロあり)。3幕ではコンサートミストレスの目の覚めるようなヴァイオリン・ソロが、一際印象に残った。