東京バレエ団『白鳥の湖』2024

標記公演を見た(4月26、27日 東京文化会館 大ホール)。ブルメイステル版『白鳥の湖』(1953年)は、斎藤友佳理芸術監督の指揮のもと、2016年に団初演された。その後再演を繰り返し、レパートリーとしての練度を上げている。ブルメイステル版の特徴は、原典版(1877年)に立ち返ること。チャイコフスキーの音楽をできるだけ元に戻し(1幕トロワ全曲使用、1幕PDD復活、パ・ド・シス曲の使用)、終幕の嵐と洪水を蘇らせている。本来悲劇の終幕については時代の要請か、オデットの自己犠牲を経て、王子と二人、共に救われる幕切れに変更された。

赤尾雄人氏のプログラム解説によると、1幕パ・ド・カトル(通常トロワ)は、原典版でも男性二人がヴァリエーションを踊っていたとのこと。また3幕黒鳥のPDDは、原典版初演者の一人、ソベシチャンスカヤのための追加曲を使用するが(アダージョ、男性Va)、「ブルメイステルとエーデリマンがチャイコフスキー博物館に埋もれていた2台のヴァイオリンのための楽譜を発見、これをモスクワ音楽院教授のヴィッサリオン・シェバリンがオーケストレーションした」という。ブルメイステルのドラマトゥルギーに則った振付が、シェバリンの重厚な編曲と呼応し、荘厳で劇的な黒鳥アダージョが生み出された。

3幕キャラクターダンサーは全てロットバルト配下。パ・ド・シス曲でのロットバルトとスペイン4人男のヴァリエーションを交えながら、ソリストたちが王子を幻惑させようと次々に踊りを展開する。背後にはロットバルト眷属が整列し、ヒールとブーツで王子を威嚇。王子は煽られるばかり。緻密なステージング・振付指導により、ブルメイステルの意図が明確に伝わってくる。

4幕パ・ド・シス曲使用による、葬列から別れのアダージョへの細やかな振付が素晴らしい。倒れた王子に駆け寄るオデット、小4羽に促されて列に戻るが、再び駆け戻る。最後は大3羽を押しのけて王子の元へ。胸をそらす独特のフォルムに続いて、ドラマティックなリフトが続けざまに繰り広げられる。終幕、人間に戻ったオデットを、両腕を伸ばしてリフトしながら前へ進む王子。ソビエト・バレエならではの崇高なグラン・リフトが、生き生きと立ち現れた。

今回1幕でのユーモラスな演出が目を惹いた。村娘たちを匿う貴族男性陣。王妃にレヴェランスすると村娘が丸見えに。前に置いた花籠を取り戻そうとする娘たち、それを叱り庇う道化。手を繋いでこっそり立ち去る娘たち。道化の持ち物ブラダースティックも尻叩きで活躍。乾杯の踊りでは、道化が一列に並ぶ貴族女性の杯に、自分の杯を合わせていく愉快な演出も。王妃も威厳より鷹揚なユーモアを漂わせて、王子一人の憂愁が浮き彫りになった。

主役は3キャスト。初日のオデット/オディールには沖香菜子、ジークフリート王子は宮川新大、ロットバルトは柄本弾、二日目はそれぞれ、中島映理子、生方隆之介、柄本、最終日は榊優美枝、柄本、安村圭太という配役。その初日と二日目を見た。

沖は強度のあるラインで、清純で可愛らしいオデットと、ダイナミックで華やかなオディールを描き分ける。ベテランらしい奥行きのある舞台だった。宮川は凛々しい立ち姿を見せつつ、そこかしこに少年っぽい若やぎを漂わせる。悪魔に思うがままに操られる柔らかさのある王子だった。柄本は懐の深いロットバルトを造形。佇むだけで強烈な磁場を作り上げる。3幕ヴァリエーションの迫力が素晴しい。

二日目の中島と生方は初々しい若手カップル。中島は腰高の伸びやかなライン、力感漲る美しい脚線で、大胆かつ繊細なオデットと、豪華なオディールを描き出す。対する生方は、王子らしいノーブルなスタイルに、癖のない素直な踊り。3幕では全てをさらけ出す真っ直ぐなヴァリエーションを見せて、中島共々、今後に期待を抱かせた。

道化の池本祥真は、超絶技巧に役を心得た演技で、鮮やかに場をまとめる。同じく井福俊太郎は、躍動感あふれる踊りに可愛らしい性根を見せて、王子に優しく寄り添う。共に自らの個性が存分に発揮された(山下湧吾は未見)。王妃の奈良春夏は、堂々たる貫禄、王子への愛情、そこはかとないユーモアが揃う円熟の演技。王子とPDDを踊るアダージオの金子仁美は、落ち着いた貴婦人らしい品格で王子を包み込んだ。パ・ド・カトルは、秋山瑛の伸びやかな踊り、足立真理亜の明確な踊り、樋口祐輝のノーブルな味わいなど、主役級が実力を発揮している。

3幕 道化と仲間4人(井福・海田一成・山仁尚・小泉陽大/加古貴也・山下・山仁・小泉)の踊る、工夫を凝らしたシークエンス満載の長いヴァリエーションが楽しい。スペイン、別日マズルカを踊った伝田陽美は、もはや舞踊の域を越えて悪魔そのものと化し、王子を煽り立てる。同役互い違いの政本絵美が、スパニッシュ、マズルカをスタイリッシュに踊るのと対照的。二人は3羽でもダイナミックな平木菜子と並んで揃い踏み。別日3羽は長谷川琴音の情感が印象深い。スペイン男子は長身のノーブルタイプ集結、中でも本岡直也の切れ味が光った。チャルダッシュ岡崎隼也、海田は様式的。ナポリの秋山は王子を翻弄する可愛い悪魔、金子は妖艶な巫女と、通常のナポリとは正反対の造形で、ブルメイステル版の特徴を伝えている。

1幕村娘・貴族アンサンブル、2・4幕白鳥アンサンブル、3幕悪魔アンサンブルは指導が行き届き、振付の意図、エネルギーの方向性をよく理解、緊密な舞台を作り上げた。1、2幕のカノンの素晴らしさ。ミリ単位で音楽に沿っている。

指揮はアントン・グリシャニン、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。ブルメイステル版をよく心得た指揮で、優れた再演に貢献している。

 

今回 ❝ はじめての「白鳥の湖❞ ~楽しいお話と第3幕~が、大ホールで同時開催された。4月29日は中島と生方の配役。ロットバルトの安村圭太が、引き締まった佇まいで舞台を牽引する。道化の後藤健太朗が狂言回し。愛嬌のある語りかけと仕草で、子供たちを惹き付ける。プロローグ、1、2幕を部分的に上演し、3幕を全て見せる構成。最後に後藤がまとめて終わる。結末を語らないのは、賛否を分けるのでは。花嫁候補は、上演1時間の中では冗長に思われた。

道化の台詞は誰によるものか。後藤が自分を「わたし」と言ったので、少し年配の作者かもしれない。パフォーマンスは本公演と全く同じ高いレベルで、子供たちには無意識にバレエが食い込んだと思われる。