新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』2023

標記公演を見た(6月10日, 11日昼夜, 17日昼夜 新国立劇場オペラパレス)。団初演は2021年シーズン開幕公演、1年半振りのピーター・ライト版『白鳥の湖』である(全9回)。振付はプティパ、イワノフ、ピーター・ライト、演出はライト、ガリーナ・サムソワによる。ステージングは前回と同じデニス・ボナー、振付指導も同じく元 BRB プリンシパルの佐久間奈緒が担当した。作品については前回公演評(コチラ)の通り。

この1年半の間に世代交代が進み、本島美和の王妃、寺田亜沙子の2羽の白鳥とスペイン、細田千晶のハンガリー王女とチャルダッシュ、貝川鐵夫のロットバルト男爵を見ることができなかった。彼らの至芸が舞台に加えた豪華な厚み、クラシカルな香りは、現時点では代替されていない。一方、新加入を含む若手が多数ソリストに起用され、小さな芽吹きを生み出している。主役5組は組み合わせもよく、再演組は前回よりもさらに役作りを深めて、今シーズンを締めくくった。最終日前日には、米沢唯、速水渉悟の舞台カーテンコールにおいて、吉田都芸術監督自ら、柴山紗帆(別日主演)と速水のプリンシパル昇格を発表する一幕もあった。

オデット/オディールは4キャスト。初日の米沢唯は二人の王子と。福岡雄大とは前公演『マクベス』同様、互いの ‟生” がぶつかり合う強度の高い舞台を作り上げた。2幕グラン・アダージョ、ヴァリエーションでは、身を切り刻むような孤独と悲しみを表出、3幕では異次元の悪魔性を剥き出しにして王子を翻弄する。爆発的な終幕もこの二人ならでは。『カルミナ・ブラーナ』に始まる二人の長い歴史が、走馬灯のように蘇った。一方、前回組む予定で今回役デビューとなった速水渉悟とは阿吽の呼吸、細やかな演技の応酬を見せた。オデットのあどけない哀しみ、オディールの伸びやかなバランスは、速水の俯瞰的サポートがあってこそだろう。異なる2つの舞台に、その場で生きる米沢の本質がよく表れていた。

二日目・最終日(未見)の小野絢子は、成熟の極みにある。白鳥の音取り、振付ニュアンスを、意図した通りに踊っている。優れた音楽性、「一枚あっての」演劇性に、今回なぜかエロティシズムが加わった。持ち前の江戸っ子気質が変換されたのか、色気のある白鳥だった。黒鳥の気品は相変わらず。終盤はスタミナが落ちたが、4幕パ・ド・ドゥでは再び抒情的で緻密な踊りを作り上げて、終幕の悲劇へと結びつけた。

柴山紗帆はクラシカルで美しい体を駆使、抒情的、音楽的なオデットを造形した。伝統に沿った白鳥らしい白鳥である。黒鳥にも華やかさが加わり、プリンシパルとしてさらなる成長が期待される。王子の井澤駿とは相性がよく、古典作品へのアプローチを共有しているようだ。

木村優里の代役(5/17付)となった吉田朱里は主役デビュー。瑞々しい白鳥と黒鳥を描いて涼風を巻き起こした。まだ技術や踊り方を磨く途上にあるが、自分を偽らず、ありのままを見せる。白鳥に合った長い手足もさることながら、吉田の無心の踊りに引き込まれた。

ジークフリード王子は5キャスト。初日の福岡はこれまでの蓄積に現在の思考を反映させ、新たな境地に至っている。前回よりもさらに深みのある造形は、福岡の肉体と不可分である。米沢渾身のオデット/オディールを体全体で受け止め、ぶつかり合いながら終幕の悲劇になだれ込む。バレエダンサーの実存をそのまま生きているようだった。

同じく米沢と組んだ速水は、絵に描いたような貴公子。1幕の高貴な佇まい、アラベスクの美しさは抜きん出ている。1幕憂鬱のヴァリエーションは、隅々まで神経が行き届き、そのクラシカルな美は、『くるみ割り人形』の青年役でデビューした際の衝撃を思い出させた。終幕はまだ工夫の余地(ロット被り物の投げ方等)があるが、王子役として今後の活躍が期待される。

小野と組んだ奥村康祐は憂愁に沈む王子。自らの状況を真っ直ぐに受け止め苦悩する姿には、若々しささえ漂う。小野を伸びやかに踊らせる良きパートナーだった。柴山と組んだ井澤は、1幕憂鬱のソロに本領を発揮した。父王を亡くし、王位を継承しなければならない不安が、体の底から滲み出る。ノーブルな大きさで柴山を包み込む 良きパートナーでもある。代役の吉田をサポートしたのは渡邊峻郁。初主演のパートナーを丁寧に支え、舞台を作り上げた。ノーブルスタイルを徐々に身に付けて現在に至るが、男らしい気骨も渡邊の持ち味。二枚目の風貌と男らしさが融合した独自の王子像を期待したい。

王子の侍従で友人のベンノは、最初から最後まで王子を見守る重要な役。初日の木下嘉人がはまり役を縦横に演じている。3人の王子に仕え、それぞれにふさわしい役回りを見せる。福岡には良き友人として、奥村には細かく見守る侍従として、速水には年上の物の分かった大人として。『マノン』のレスコー、『ラ・エスメラルダ』(日本バレエ協会)のグランゴワールに続く名演と言える。3幕で中家正博ロットバルト男爵と共に米沢オディールを見る眼差しは深く、3人が繰り広げた夢のような舞台(米沢エスメラルダ、中家フェビュス)を思い出させた。二日目の速水は侍従色は薄く、井澤ロミオに対するマキューシオのような悪友。ゆったりとした井澤をきびきびと引き回す。前述の王子役とは異なる、地に近い造形だった。中島瑞生は侍従とも友人とも見えず。ノーブルな貴族をにこやかに演じている。

ライト版のロットバルト男爵は踊らないため、演技力が問われる。初日の中家正博は凛々しい佇まいと風格で舞台を牽引。王子を操り、オディールを鼓舞する ‟気” の力は、中家の本領と言える。二日目の中島駿野は、もう少しオディールとのコミュニケーションが望まれるが(段取りに見える)、前回よりも悪役らしさが身についている。小柴富久修は牧阿佐美版で同役を踊っている。今回は中家の動きを引きつつも、随所に小柴らしさ(ふとしたおかしみ)が表れ出て、真実味のあるロットバルトを造形した。迎え撃つ王妃は楠元郁子。こちらも牧版で経験済みだが、ライト版の風格ある王妃に、母親としての細やかな情を加えて、和やかな宮廷を演出している。

飯野萌子、池田理沙子を始めとする愛くるしいクルティザンヌたち、ノーブルな王子友人、重厚な廷臣たちが1幕を彩る。2幕白鳥群舞はそれぞれに意志を持ったアプローチ。4羽はベテラン・中堅勢が見事な呼吸の一致を見せたが、2羽は初役を多く含むため、伝統の踊り方が身についていなかった。

花嫁候補では、飯野の艶のあるハンガリー王女、五月女遥の音楽的で鋭いイタリア王女、奥田花純の自在なイタリア王女が際立つ。ポーランド王女には鬼門のような体の切り替え跳躍がある。根岸祐衣、池田の再演組、初役の直塚美穂が挑むも、初演時の踊りを再現するには至らなかった。直塚は当然最も振付ニュアンスから遠かったが、にもかかわらず「直塚の踊り」は脳に刻まれている。その途方もないエネルギー放射ゆえだろう。

関優奈の華やかなチャルダッシュ、同じく木下の色っぽい踊り、五月女の切れのよいナポリ、同じく福田圭吾のエネルギッシュな踊りが印象深い。スペイン勢はこなれた踊りに衣裳・濃厚メークで全員が同じに見える仕上がり。同初役の小川尚宏は切れ味で、同じく森本晃介はエポールマンを心がけた丁寧な踊りで仲間入りをした。森本は廷臣としても重厚で美しい踊りを見せている。パ・ド・トロワを見物する際、要所要所で腕を差し上げ、踊り手を讃えていたが、木下ベンノに話しかけられ、任務遂行がままならぬ時も。何を言われていたのだろう。

ライト版を熟知したポール・マーフィー(冨田実里は3回担当)が、ゆったりとした指揮ぶりで、東京フィルハーモニー交響楽団から華やかな管の響き、豊潤で厚みのある弦の音色を引き出している。