マリインスキー・バレエ『アンナ・カレーニナ』

昨秋来日したマリインスキー・バレエの『アンナ・カレーニナ』評をアップする。

ロシアバレエの名門、マリインスキー・バレエが、『ラ・バヤデール』『白鳥の湖』『アンナ・カレーニナ』「オールスター・ガラ」というプログラムで、三年ぶりに来日した。その中から、前回の『イワンと仔馬』と同様、ロジオン・シチェドリンの音楽、アレクセイ・ラトマンスキー振付の『アンナ・カレーニナ』を見た。
ラトマンスキー版『アンナ・カレーニナ』は、04年にデンマーク・ロイヤル・バレエで初演、マリインスキーには10年に導入されている。
プロコフスキー版(79年)や、エイフマン版(05年)が採用した、美しくドラマティックなチャイコフスキーの音楽に対し、シチェドリンの音楽は、一部チャイコフスキー風の情感豊かなピアノ曲が入り、舞曲や行進曲の形式が守られてはいるものの、大部分がきしむような不協和音と、激しい効果音に終始し、必ずしも振り付けし易い音楽とは言えない。それを乗り越えて使用した背景には、シチェドリントルストイ解釈への興味と、ソビエト時代のバレエ音楽を保存する意図が、ラトマンスキーにあったのではないかと思われる。
台本構想はマルティン・トゥリニウス。本来の二、三幕を圧縮して二幕構成とし、さらに原作に基づいた細かいシークエンス(キティ一家とリョービンの関係など)を加えている。シチェドリンの原版であるプリセツカヤ版(72年、映像76年)よりも、演劇性が濃厚である。
それに当てたラトマンスキーの演出振付は、初演バレエ団の性格を反映して、リアルでストイックな演技に、上体のジムナスティックな振付が特徴である。特に前者は、体全体を使った様式的マイムに慣れているマリンスキー・ダンサーにとっては、新鮮だったかもしれない。
装置は最小限に抑え、風景や室内の写真を映写することで、場面転換を図る。そのスタイリッシュな映像移動と、緻密に計算された人物出入りのリズムが、北欧風の垢抜けた印象を与える。
アンナはwキャスト。初演ダンサーのディアナ・ヴィシニョーワよりも、後から踊ったウリアーナ・ロパートキナの方が、作品の可能性を最大限生かすことに成功している。
ロパートキナのアンナは登場しただけで、辺りを払う輝かしい気品に満ちている。美しい肢体、的確な振付解釈と役作り、そして何よりもシチェドリンを腑分けする深い音楽性が特徴である。音の一粒一粒が生き生きと立ち上がり、不協和音の中から叙情性を見事に掬い取っていく。
一幕最後の激情のパ・ド・ドゥ、二幕イタリアへ行く前の、ハープが水音のように響く薄明のパ・ド・ドゥがすばらしい。演出の禁欲性もロパートキナの資質とよく合っていたのだろう。相手役をサポート役に留めるという難はあるが、母として、妻として、恋人としてのアンナの、愛、葛藤、絶望を描き尽くした名演だった。
レーニン、ヴロンスキー、キティは、初日のバイムラードフ、ズヴェレフ、シリンキナに優れた造型を見た。
アレクセイ・レプニコフが親密かつ柔軟な指揮振りで、同僚のマリインスキー劇場管弦楽団を率いている。(11月22、23日 東京文化会館)  『音楽舞踊新聞』No.2892(H25・3・1号)初出