日本バレエ協会『眠れる森の美女』2016

標記公演評をアップする。

日本バレエ協会が都民芸術フェスティバル参加作品として、K・セルゲーエフ版『眠れる森の美女』を上演した。同版の特徴は、マイムを舞踊化し、音楽性や詩情を重視した点にある。ヴィハレフ復元版や英国系の版よりも登場人物が少なく、ややコンパクトな改訂版と言える。復元振付・振付指導はマリインスキー劇場バレエ団レペティトゥール・教師のマヤ・ドゥムチェンコ。一月に谷桃子バレエ団が『眠り』を上演した際、監修のコルパコワ、演出・振付のアリエフは、ロマンティック・バレエのスタイルを選択したが、マリインスキーの後輩ドゥムチェンコは、ワガノワ・スタイルで指導している。


主役、ソリストは全て3キャスト。新国立劇場バレエ団の新旧ダンサー、Kバレエカンパニーの元ダンサーが主要な役を占めて、全体のレヴェルアップが図られた。


初日のオーロラ姫は酒井はな。古巣の新国立で体に入ったマリインスキーの振付に、独立以後の様々な経験、現在の解釈が加わった酒井独自の造型である。終幕後、ドゥムチェンコが片膝を付いてレヴェランスしたことでも、その芸術的探究の深さは明らかである。一幕は以前と変わらぬ初々しさだが、体の捌きは前よりも鋭く、二幕では能のメソッドを生かし、体を殺した動きで幻想性を表現。三幕は気合いの入った華やかな明るさが特徴だった。一つ一つのパに、酒井の息詰まるような精緻な刻印が押されている。


二日目マチネは、元Kバレエカンパニーの松岡梨絵。リラの精のイメージが強く、動きの精度はカンパニー時代ほどには戻っていないが、主役として堂々と華やかな舞台作りだった。同ソワレは、新国立の小野絢子。英国系イーグリング版での作り込まれたオーロラ像が印象に新しいが、ドゥムチェンコの指導が合っていたのか、自分に即した自然なオーロラだった。一幕の愛らしさ、二幕の無心、三幕の輝かしさ。完璧な踊りが、目的ではなく、役作りの手段となっている。


デジレ王子初日は、ロマンティックな奥村康祐(新国立)。ノーブルな立ち居振る舞いをよく心掛けている。二日目マチネは、ダンスール・ノーブルの橋本直樹(元K)。踊りの美しさは当然、パートナーや周囲とのコミュニケーションに暖かさと大きさがある。橋本の舞台だった。同ソワレは、新国立の福岡雄大。小野同様、自分に即して、スポーティな資質を生かしている。剣がよく似合い、悪を打ち破って小野の元に駆け寄るたくましさ。決まったパートナーならではの自然な出会いだった。


リラの精には新国立のゴージャスな堀口純、美しいラインの寺田亜沙子が参加、適役であることを示したが、二日目マチネの平尾麻実が、腕を広げるだけで世界に秩序と調和を与えて、善の精を体現した。カラボスには妖艶な西島数博、踊りの切れで見せるトレウバエフ(新国立)に加え、京劇風女形の敖強が、役の性根を完璧に捉えた演技で、舞台を圧倒した。


フロリナ王女と青い鳥は、若手の塩谷綾菜と郄橋真之、中堅の今井沙耶と酒井大、ベテランの奥田花純と菅野英男が、それぞれ高レヴェルの踊りを披露。特に、若い塩谷の品格と身体コントロールには目を奪われた。


脇役にはベテラン勢を揃え、協会公演の底力を示したが、3回のうち最もアンサンブルを感じさせたのは、二日目マチネだった。プロローグから調和の取れた雰囲気が漂い、群舞も心なしか揃っている。新国立勢が一週間前までコンテンポラリー・ダンスを踊っていた影響が、或いはあったかも知れない。


指揮はアレクセイ・バクラン。演奏はジャパン・バレエ・オーケストラ。在京オケから、バレエ音楽に精通したメンバーを集めて編成された。(3月19日、20日昼夜 東京文化会館) *『音楽舞踊新聞』N0.2968(H28.6.1号)初出