新国立劇場バレエ団「バレエ・リュス〜ストラヴィンスキー・イブニング」

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新国立劇場バレエ団の新シーズンが開幕した。「バレエ・リュス〜ストラヴィンスキー・イブニング」と題されたトリプル・ビルは、今季が最後となるビントレー芸術監督の日本国民に対する愛情深い贈り物である。演目はディアギレフのバレエ・リュスで初演され、現在でも重要なレパートリーの、フォーキン振付『火の鳥』(10年、54年)、バランシン振付『アポロ』(28年)、ニジンスカ振付『結婚』(23年、66年)。三者共通の振付語彙に興味を惹かれるが、フォーキンが伝統の範囲内にあるのに対し、ニジンスカ、バランシンは動きから意味を排除するモダニズムの道を進んでいることが分かる。全作アポテオーズがあり、(準)主役が天を指さして終わるトリプル・ビルである。音楽はストラヴィンスキー。原始主義、新古典主義の名曲が合唱を含めて生演奏され、音楽的にもレヴェルが高い。国民への文化的還元及び啓蒙の点から、国立の劇場にふさわしい公演と言える。


幕開けの『火の鳥』はバレエ団再演。クーン・カッセルの繊細で陰翳に富んだ指揮と、ディック・バードの絵本のような美術がマッチして、洗練されたロシア民話の世界が出現した。初日の火の鳥は小野絢子。音楽的で切れ味鋭い動き、力強い視線、艶っぽい存在感に、持ち前の突拍子もないユーモアが加わる。初演時から三年間の経験が凝縮されている。二日目の米沢唯は野性味が優った自然な動き。身体のギアチェンジは「子守唄」に現れた。イワン王子にはサポート巧者の山本隆之と菅野英男。山本は細やかで闊達な演技と、終幕の輝かしいオーラが見事だった。菅野は素朴で自然な演技。米沢鳥を好きに踊らせている。寺田亜沙子は透明感のある匂やかな王女、本島美和は娘らしい明るい王女。カスチェイ役はトレウバエフの緻密な演技が目を惹いた。同役古川和則は腹芸をもう少し振りに変えて欲しい。


『アポロ』はバランシンとストラヴィンスキーの決定的なコンビネーションが初めて形になった記念碑的作品。今回はアポロ誕生の場面からパルナッソス登山までの完全版上演のため、物語バレエの要素が強い。振付はプティパを思わせる抽象度の高いヴァリエーションも含むが、水泳振りや、指くっつけ、腕の輪つなぎでぐるぐる回りなど、野蛮とも言える大胆な振付が目立つ。バレエ・テクニックも一から洗い直して運用しているので、動きの強度が高い。現在でも振付自体が面白い所以だろう。初日キャストは、アポロ福岡雄大、テルプシコール小野、カリオペ寺田、ポリヒムニア長田佳世、レト湯川麻美子、二日目はコナー・ウォルシュ(ヒューストン・バレエ)、本島、米沢、奥田花純、千歳美香子。前者は音楽的で造形美に優れ、後者は物語的で内面性に優れていた。福岡のスポーティなソロ、ウォルシュのパートナー手腕、長田の意識化された脚、湯川の壮絶な出産が印象深い。


最後はニジンスカの『結婚』。原初的なリズム、ロシア古層のメロディ、泣き女の歌詞が強烈なバレエ・カンタータである。4台のピアノと打楽器、4声ソリスト、合唱がピットに入り、舞台上では、花嫁花婿、両親2組がマイム、男女群舞が踊りで、ロシア農民の結婚を描き出す。フォーキンの影響、ニジンスキーとの共通点がありながら、徹底したモダニズム作品。結婚の祝祭性はなく、儀式性のみが抽出される。斜めの動線や内向きの曲線を多用する、ミニマルで切り詰められた動きが特徴。ポアント使用も従来の天上志向ではなく、大地を突き刺し、原初のリズムに呼応する。花嫁花婿と両親は原型的な人物像。花嫁の母の慟哭以外は、直接的な感情の表出がない。その中で花婿を演じた福岡が、意識と無意識の間に立って振付意図を完璧に体現した。宙に一文字を描く呪術の素晴らしさ、動きの全てに必然性がある。


ソリストを多く含む男女アンサンブルは『火の鳥』、『結婚』共に力強く切れのよい動きで、舞台を逞しく盛り上げた。またアーティストの奥田が『アポロ』のポリヒムニアと、『結婚』の花嫁友人トップで小気味のよいソロを踊り、抜擢に応えている。演奏は東京フィル。ソリスト歌手と合唱は新国立劇場合唱団(指揮・三澤洋史)。カッセルに導かれて「ストラヴィンスキー・イブニング」の強力なサポーターとなった。(11月13、15日 新国立劇場オペラパレス) 『音楽舞踊新聞』No.2917(H26.1.21号)初出