現代舞踊協会「夏期舞踊大学講座」2016

標記講座を見学した(9月3、4日 国立女性教育会館)。今年はエミール・ジャック=ダルクローズとルドルフ・ラバンという興味深い取り合わせ。モダンダンスとコンテンポラリーダンスを考える上で、重要な身体思想家である。
開講式は、妻木律子研究部部長の進行で、正田千鶴研究部担当常務理事が挨拶をした。「自分は大学を出ていないので、コンプレックスがある。それで舞踊大学と名付けた。皆さんはこの二日間、自分を捨てて、講座に臨んでください」と檄。因みに、閉講式では「最初に自分を捨てて、と言いましたが、それは終わり。これまで習ったことはもう過去のこと。全部忘れて、自分に戻ってください(概要)」と、正田氏でなければ言えない言葉で締めくくった。
一日目は「ダルクローズ(リトミック)の講話と実技」が午前・午後に行われた。講師は折田克子、山口晶子、講師補佐は早川ゆかり、熊谷乃里子、男性一人。音楽家で小林宗作からリトミックを習った山口氏が、簡潔に理論を話し、折田氏が実技を指導する。受講生は中学生から70代までの30人強。特別ゲストダンサーの元Noism&元フォーサイス・カンパニーの島地保武も加わり、リズムを呼吸と共に体で表す。二人組になったり、大きな円を描いたり、最後は各自の選曲でグループに分かれ、創作を行なった。
ダルクローズのリトミックを、石井みどり折田克子が舞踊に適した形にしたとのことで、いわゆるリトミックよりも、体操に近い印象を受けた。折田氏によれば「手は二拍子で、足が三拍子というのもある。アウフタクトも」とのことだが、一日で習得できるテクニックではないので、受講生は一端に触れたという感じではないか。
指導する折田氏の美しい体が最も印象的だった。どこにも力が入っていない自然体の身体。武道家と違うのは、すっくと立っていること。やはりダンサーの体なのだ。体の切り返しはミリ単位で鋭く、東洋人舞踊家の究極の姿を見た。
二日目は午前に、ラバン研究家の大貫秀明氏による「ラバン理論講話」と、日本舞踊家でラバンセンター留学経験のある西川箕乃助氏による「ラバン体験講話」があった。大貫氏は図入りのハンドアウトを用意。動画も使用しながら、ラバンの生涯とスペース理論を中心に語った。途中、ダンサーによる模範演技も入り、分かりやすくて面白い講話だった。一方、西川氏は素手で勝負。留学の経緯や、授業の様子、ラバンの影響を実演家らしく、率直に語る。当初は、ラバンの影響について否定的だったが、質疑応答などを経て、やはり影響はあったということを徐々に認められた(と思う)。
昼休憩に機会があったので、お二人に質問をした。大貫氏には、前日予習したことでの疑問。「ラバンは神秘主義に惹かれる面と、メディア=動きそのものを分析する面と両方あるが、それはどういうことか」。大貫氏「それは不思議でも何でもない。両面あるということ。ロンドンではいまだにラバンの神秘主義を継承した集団が残っている。ラバンセンターはフリーメーソンとラバンの関わりには言及しないが」。予習した神秘主義としては、スーフィ・イスラム、バラ十字、グルジェフとの類似、フリーメーソンユングが挙がっていた(International Encyclopedia of DANCE, Oxford UP)。大貫氏の講話では、さらにシュタイナーの名前も。一方、メディア分析を残すためのノーテーションへの興味は、パリ時代に始まっていたという(大貫氏の講話―フイエの舞踊譜を研究した)。ただしラバノーテーションの確立は、弟子のアン・ハッチンソンによるとのこと。講話ではプラトンの正八面体、正六面体、正二十面体を用いたラバン理論の説明があったが、神秘主義とメディア分析の合体のようなものだろうか。因みに大貫氏は、柔道と空手の経験者とのこと。
西川氏には、昨年の「西川会」で見た清元『青海波』(振付:西川箕乃助)について質問。「10人の女性舞踊家が踊る群舞作品の出し入れやフォーメイションに、洋舞の影響を感じたが、ラバンと関係があるのか」。西川氏「関係はない」とのことだった。作品については当ブログ(2015.10.30)参照。「元々日舞には群舞というものはない。戦後新しい局面を求めて、モダンダンスとの交流があったが、現在の自分の考えでは、古典を大切に継承していきたいと思っている」(西川氏の講話)。
二日目の午後は、受講生31人がソロを披露することになった。それに対し講師の方々がコメントを寄せる予定だったが、大貫氏の提案(?)で、観客席に集った舞踊家、批評家が手分けして、2、3人を担当することになった。受講生のソロも個性があって面白かったが、舞踊家(と批評家)のコメントも面白かった。コメントと自分の舞踊信念が直結している。最後に大貫氏が講評を述べて、新たに5人の受講生を選出。5人によるインプロ創作を鮮やかな手際で指導された。続いて、中村しんじ氏進行で、折田、西川、大貫、島地4氏による丁々発止の鼎談。会場からの質問も活発に行われた。
ゲストダンサーの島地は、2日間にわたり、会場の体育館(残念ながら冷房・扇風機なし)を浮遊していた。一日目夜には、受講生との交流もあったのだろう。帰国当初は、体がやや強張っていたが、徐々にほぐれて、本来の柔らかな体に戻りつつある。Noismに入る前、師匠の加藤みや子作品で砂まみれになり、黄粉もちのように柔らかく踊っていた姿を思い出した。