Kバレエカンパニー『海賊』2017

標記公演を見た(5月27日 オーチャードホール)。2007年初演の熊川哲也版。その特徴は独自の選曲にある。アダンを中心に、歴代の追加作曲家、オルデンブルク公爵、プーニ、ドリーブ、ミンクス、ドリゴの、バレエ音楽、劇音楽から構成されている。中でも印象的だったのは、従来の『海賊』にはない讃美歌を思わせる曲や、イギリス民謡のような曲。熊川の清澄さを好む芸術的嗜好を窺わせる。以下は初演時に書いた公演評である。

Kバレエカンパニーが芸術監督熊川哲也の演出・再振付による『海賊』 を新制作した。台本はスロニムスキー=グーセフ版を基に、熊川自身が全二幕に改訂している。


熊川版の最大の特徴は、音楽の大幅な入れ替えということになるだろう。主にドリーブの『逸楽の王』から選曲され(プログラムによる)、ルネッサンスバロックの典雅な趣を加えている。コンラッドとメドーラが出会う冒頭の浜辺の場面では、これまでの『海賊』にはない清潔なパ・ド・ドゥを見ることができた。


演出は物語を丹念に追い、作品が単なる踊りの羅列になることを避けている。「活ける花園」はワルツのみを使用、チュチュもオダリスクのトロワ(二幕洞窟)に限り、クラシック色を極力排除した。メドーラとグルナーラは伝統的なパ・ド・ドロワとパ・ド・ドゥは踊るが、「花園」のヴァリエーションはなく、その代わりにそれぞれパシャに囚われた悲しみのソロを踊って、物語に陰影を与えている。


奴隷のアリがクローズアップされるのもこの版の大きな特徴である。踊りの見せ場もさることながら、最後にはコンラッドをかばって自らを犠牲にする驚きの結末が待っている。コンラッドは裏切り者のビルバントに情けをかけるが、ビルバントは感謝するどころかコンラッドを撃とうとする。その刹那、アリが身を擲ってコンラッドの命を救う。コンラッドはすぐさまアリの敵を討つ。この展開は、アリを踊った熊川自身のはまり役マキューシオ(ロミオとジュリエット)の死の経緯を想起させる。さらにアリ、コンラッド、ビルバントがユニゾンで踊る「マスク」に似たシーンや、乞食の踊りなど、マクミラン作品がいかに熊川の養分となっているかがうかがわれた。


終幕はメドーラとコンラッドのみが帆船で航行する。グルナーラの安否が気になるところだが、難破したあと二人だけが助かる原台本の結末に倣ったのかもしれない。


振付は音楽的。とくに一幕一場の女性アンサンブルによる刻々と変化するフォーメイションや、乞食の踊りを始めとするキャラクターダンスがすばらしい。男女アダージョはあっさりと清潔。アリとランケデムによる物語に密着した追いかけっこのようなデュエットなど、男性舞踊に精彩があった。


初日は、メドーラに吉田都コンラッドにスチュアート・キャシディ、アリに熊川哲也という黄金のトリオが出現した。まさしく適材適所。三人によるパ・ド・トロワでは、日本人でありながら英国ロイヤル・バレエのプリンシパルという重責を担った吉田と熊川の歴史が一気に凝縮され、厳粛な雰囲気が舞台を支配した。歴史を共有したキャシディが二人を見守っていたことも大きい。


吉田の堂々たるプリマの輝き、英国ダンスール・ノーブルの粋を集めたキャシディの気品あふれるマナー、そして熊川のアリは純真だった。主人コンラッドの身代わりとなって死ぬ最期がいかにもふさわしい。踊りの切れと美しさを随所に見せながら、妖精のように舞台を駆けめぐった。


初日のグルナーラ松岡梨絵の情感あふれる演技、26日のメドーラ康村和恵の魅力的なライン、同日のランケデム宮尾俊太郎のダイナミックな踊りが印象に残る。また悪役ビルバントを踊ったビャンバ・バットボルト、サイード・パシャのイアン・ウェッブが適確な演技で舞台を締めている。


総じて日本人男性ダンサーの技術向上が目立った。男性ダンサーがしのぎを削るほとんど唯一の国内バレエ団と言えるだろう。音楽構成・編曲にも携わった音楽監督福田一雄が、シアターオーケストラトウキョウから若々しく勢いのある音楽を引き出している。(5月11日 東京文化会館 26日 オーチャードホール) *『音楽舞踊新聞』No.2727(H19.7.1号)初出

再演を重ねているので、さらに手が加わっていると思われるが、全体の構成や印象は変わっていない。唯一違ったのは、演技の習熟度と、そこから来る作品の落ち着き。主役から脇役、ベテランから若手まで、マイム・演技がこなれており、キャラクターに沿った役作りが丹念に行なわれている。
メドーラの浅川紫織は長身を生かしたダイナミックな踊り、グルナーラの白石あゆみは、繊細な体を生かした練り上げられた踊りで個性を発揮した。コンラッド宮尾俊太郎は、ノーブルな大きさを踊りと立ち姿で見せる。かつてはマイム役であったことを想起させる演技の追求があった。ランケデムの石橋奨也、ビルバントの西口直弥も、芝居と踊りで観客の目を引きつけることに成功(西口の独特な長身は一度見たら忘れられない)。スチュアート・キャシディのサイード・パシャは、コミカルな中にもノーブルな味わいを見せて、ダンスール・ノーブルの面影を忍ばせた。
今回の注目株は、アリ初役の山本雅也。茫洋とした雰囲気そのままに、自らの個性、立ち位置を崩さない自然体のアリを造形した。驚くべき技を見せるが、力みがなく、これ見よがしもない。ピルエットの位置の高さ、いつまでも回っていられる抵抗のない回転は師匠譲りだろうか。クライマックスの自己犠牲も自然、半意識のような不思議な境地でコンラッドを救った。
ソリスト、アンサンブル共にスタイル・技術が揃い、高レヴェルの舞台を保証する。中でもオダリスクのトロワ・矢内千夏の音楽性、技術の高さ、晴れやかさが際立っていた。演奏は井田勝大指揮、シアターオーケストラトウキョウ。