谷桃子バレエ団『海賊』2021

標記公演を見た(1月16日 東京文化会館大ホール)。監修はイリーナ・コルパコワ、台本・演出・振付はエルダー・アリーエフ、2015年団初演の全2幕版である。昨年の「NHKバレエの饗宴」、同じく日生劇場バレエ公演で上演予定だったが、コロナ禍で中止に。改めて新春公演での再演となった(アリーエフの指導は昨年2、3月に終えているとのこと、今回は来日できず)。本作は、創立者 谷桃子が総監督として携わった最後の作品である。コルパコワとも直接会談し、バレエ団の特徴、方向性を伝えた上で、『海賊』上演が決まったという。谷は3月21、22日の初演を見届け、翌月26日に逝去した。16年には谷自身が上演を待ち望んでいた『眠れる森の美女』が、同じコルパコワ監修、アリーエフ演出・振付で初演されている。

アリーエフ版『海賊』は、男性ダンサーの活躍する冒険活劇、ではなく、海賊の首領とギリシャ女性によるロマンティックな愛の物語である。19世紀バレエに必須のマイムは使用されないが、伝統的踊りがドラマトゥルギーに則って配置され、一貫した物語を堪能できる。踊りの多いブルラーカ=ラトマンスキー復活版と比べると、「余計なところがない」(齊藤拓 前芸術監督)点が大きな特徴と言える。

主役のメドーラとコンラッドは、4つのパ・ド・ドゥで愛の軌跡を描く。一瞬の出会いを永遠化した 市場のパ・ド・ドゥ、コンラッドの夢の中のアダージョ、ハーレム再会の劇的デュエット、結婚のパ・ド・ドゥ(海賊のパ・ド・ドゥ)。コンラッドの夢に見立てられた「活ける花園」には、当然ながらギュリナーラの姿はなく、そのヴァリエーションはハーレムの余興で踊られる。また結婚のパ・ド・ドゥでは、アリのヴァリエーションをコンラッドが踊り、水入らずで愛の成就を歌い上げる。フォルバンの発砲が結婚の祝砲と化すのが面白い。

主役メドーラの初日は佐藤麻利香、コンラッドは福岡雄大新国立劇場バレエ団プリンシパル)、二日目は馳麻弥と檜山和久、その初日を見た。

佐藤と福岡は共に、アリーエフが主席バレエマスターを務めるマリインスキー劇場プリモルスキー分館バレエ団で、オーロラ姫とコンラッドを踊った経験がある。初顔合わせながら、強靭なテクニックとクリーンなスタイルが一致し、阿吽のパートナーシップを築き上げた。佐藤の楚々とした美しさ、内に秘めた情熱、果敢な振付遂行が、バレエ団の伝統を体現する。磨き抜かれた体の作る、リフト時の絶対的フォルムも、素晴らしかった。

対する福岡は、ソロルと共に究極のはまり役。万全のテクニックは円熟味を帯びて、ソビエトバレエ特有の重みが加わっている(重心を低くして踊るとのこと―プログラム)。覇気あふれるアクロバティックな踊り、舞台を統率する気の漲り、楷書のようなサポートが揃い、凛々しく美しいコンラッドを造形した。洞窟で手下に「一人にしてくれ」と告げ、眠りにつくと、「活ける花園」が一面に広がる。ロマンティックな逢瀬を経て、パ・ド・ブレで離れるメドーラを遠くへと見やる姿からは、デジレやソロルの面影が濃厚に立ち上った。

ギュリナーラの齊藤耀(二日目は竹内菜那子)は、明るく溌溂とした踊りに大きさが加わり、持ち前の芝居心で、物語の流れに大きく貢献した。サイード・パシャ齊藤拓とのハーレムでの駆け引きには、メドーラたちを助けたいという熱い思いが根底にある。踊りで物語を表現できる演技派ダンサーである。対する齊藤パシャは、コミカルな振付の中にも、ノーブルな味わいが滲み出る。足技も切れ味鋭く、初演時の岩上純、近藤徹志とはまた異なるパシャ像を作り上げた。今後のキャラクター造形に期待が高まる。

ランケデムには牧村直紀(二日目は市橋万樹)。奴隷商人の酷薄さにはやや欠けるが、齊藤ギュリナーラと共に晴れやかなパ・ド・ドゥを披露した。オダリスク山口緋奈子、山田沙織、永井裕美は、伸びやかで大きな踊り。若手の多い花園アンサンブル(ポアント音なし)は、おっとりした娘らしさでバレエ団のスタイルを継承している。

谷桃子バレエ団のもう一つの伝統、濃厚なキャラクターダンスは、海賊たちが体現した。フォルバン・ソリスト吉田邑那、種井祥子のダイナミックなマズルカを始め、市橋万樹、田村幸弘等が、エネルギッシュな踊りで祝宴を盛り上げた。

大きく踊るキーロフ・スタイルは、1幕1場での佐藤のソロに最も残されている。全体的には、心で踊るバレエ団のスタイルに落ち着き、順調なレパートリー化を辿っている。音楽は録音音源ながら、高音質で臨場感にあふれた。