Kバレエカンパニー 『ロミオとジュリエット』 & 『ドン・キホーテ』 2018

標記公演を見た(10月13日, 11月16日 東京文化会館大ホール)。
ロミオとジュリエット』は2009年初演、演出・振付は熊川哲也である。熊川版の特徴は、ジュリエットの従姉ロザラインが活躍すること。ロミオを手玉に取り、モンタギューの女たちとカルメンまがいの喧嘩をする。ティボルトの死に際してはキャピュレット夫人に代り、激しい愁嘆場を見せる。その男勝りの人物造形に当初は驚かされたが、現行ではややおとなしくなり、物語によく馴染んでいた。作品自体も若々しい破天荒なエネルギーから、きめ細やかな演出に基づいた格調の高さへと移行、レパートリーとしての成熟を感じさせる。
感情の流れに沿った演出もさることながら、振付の充実も際立つ。パ・ド・ドゥは語り合いのよう、アンサンブルには熊川の音楽性が横溢する。特に二幕広場の男女群舞は熊川印のステップ満載で、フォークダンスのような楽しさだった。甲冑に身を包んだ騎士の踊り、百合の花の踊りも素晴らしい。男性ダンサーには、振付家の技量を反映したアン・ドゥダン多用の高度な振付が施され、作品の密度を高めている。ジュリエットはロザラインとキャラクターを分けたのか、感情を内に秘めた慎ましさが特徴で、パリスへの拒絶も礼節をわきまえていた。ソナベンドによる美術の深み、ロレンスの庵を立ち上げる足立恒の照明も印象深い。
ロミオの堀内將平は役を生きるタイプ。陰影を帯びたロマンティックなロミオ像だった。高難度の振付を美しく踊れる技量、パートナーへの密やかな包容力がある。ジュリエットの矢内千夏は、清潔で句読点を押さえた張りのある踊り。アラベスクの伸びやかさ、疾風のように鋭い回転が素晴しい。優れた音楽性と自在な技術の全てが役に捧げられている。やや和風の慎ましいジュリエットだった。酒匂麗の目の覚めるようなマキューシオ、杉野慧のダークなティボルト、西口直弥の優雅なパリス、山田蘭の淑やかで情愛にあふれたキャピュレット夫人、渡辺レイの原作を彷彿とさせるエネルギッシュな乳母。そしてスチュアート・キャシディの重厚なキャピュレット卿。パリスへの敬意、娘への愛が自然に体から滲み出る。カーテンコールでは矢内に対して、父親の眼差しを注いでいた。
ドン・キホーテ』は2004年初演。演出・再振付のみならず、舞台美術・衣装デザインも熊川の手による。アーチのある石造りの家並、風車を背景とする星空の夢の場、色鮮やかな衣装、特にキトリの白地に黒レースのチュチュが美しい。ドルシネアがプロローグから終幕までドン・キホーテを誘う演出。ガマーシュとの決闘もあり、キホーテの感情の流れが途切れず続く。踊りの充実は言うまでもないが、芝居のバランスもよく、特に4人組(ドン・キホーテ、ガマーシュ、サンチョ・パンサ、ロレンツォ)の細やかなやりとりが、舞台を温めている。
音楽面では、ジプシー野営地のバジルとキトリのパ・ド・ドゥに使用したモスクワ初演版の曲に、独自性があった。牧歌的なマズルカで、振りにもマズルカ・ステップが入る。エスパーダ・ソロの明るく粋な曲、またキューピッドの音楽を間奏曲に転用するなど、編曲も担当した福田一音楽監督の熱い想いが詰まった選曲。初演者である熊川の個性にも合致している。
キトリの矢内は登場の瞬間、跳躍の高さで度肝を抜く。芝居は作り込まず自然、年齢相応だが、クラシック・チュチュになってからの大きさが素晴しかった。抜きんでた音楽性、技術の高さ、パを遂行する余裕が、古典のオーラを醸し出す。矢内の美点である観客を包み込む晴れやかな存在感を、十二分に味わうことができた。対する堀内はロマンティックな造形。繊細な踊り、明確なアクセントで細密画のようなバジルを描き出す。回転、跳躍も美しく鮮やかだった。
ドン・キホーテのキャシディは狂気よりも父性が優る。バジルとキトリの状況をよく理解し、二人を結婚に至らしめる。愛情深い眼差しのキホーテだった。サンチョの酒匂は動きの切れと献身的愛らしさ、ガマーシュのビャンバ・バットボルト、ロレンツォのニコライ・ヴィュウジャーニンも役どころをよく飲み込んで、網の目のように細かい演劇空間を支えた。メルセデスの山田はもう少し激しさが欲しいが、伸びやかなライン、エスパーダの杉野は濃厚な伊達男だった。新加入の実力派 成田紗弥が、花売り娘で艶のある演技、グラン・パ第一ヴァリエーションで大きく確実な踊りを披露、今後に期待を抱かせる。アンサンブルは音楽性、スタイル共に統一されていた。
指揮は両作とも井田勝大。舞台をよく見る端正な棒だが、かつて福田が『R&J』において、たった一音で劇的空間を作り出し、『ドン・キホーテ』全編に熱い祝祭性を注入したことを思い出す。演奏はシアター オーケストラ トーキョー。