新国立劇場バレエ団 『くるみ割り人形』 新制作 2017 ②

主役のクララ/金平糖の精とドロッセルマイヤーの甥/くるみ割り人形/王子は4組。初日の小野絢子と福岡雄大は、イーグリングの振付ニュアンスを完璧に実現した(2回目所見)。技術の高さ、正確さは言うまでもない。小野は生来の音楽性とユーモアを遺憾なく発揮、成熟味も増して、ゴージャスな踊りにスターの輝きを付け加えた。二幕パ・ド・ドゥにおけるイーグリング独特のピルエットは、小野にしか見ることができない。対する福岡は、軍服に剣を持つ凛々しさが様になっている。切れのよい美しい踊りには潤いがあり、二人の現在の『マノン』を見たいと思わせた。
二枚看板の米沢唯は、二日目に井澤駿、四日目昼と千秋楽に英国ロイヤルバレエのワディム・ムンタギロフと組んだ。両者に対して、米沢は自然体。少女の瑞々しい感情を中心に、その場その場を風が吹き抜けるように存在する。ムンタギロフとはより高度なグランド・リフトを実行し、信頼の厚さを証明した。踊りの軽やかな質感を共有する兄妹のようなパートナーシップである。井澤はプリンシパルとなって初めての舞台。存在が消えることもなくなり、大きく真っ直ぐな資質がよく表れた。最後のグランド・ピルエットの重厚さは誰にも出せない個性である。一方のムンタギロフは立ち居振る舞いがまるで英国人、かつてのジョナサン・コープを思い出させる。甥の演技はお手本のように完璧だった。
三日目の池田理沙子と奥村康祐は、残念ながら貸切で見ることができず。五日目の木村優里と渡邊峻郁は、どちらもドラマを生きるタイプ。木村の主役としての気構えは、二幕パ・ド・ドゥに堂々とした風格を与えている。ただし子役から引き継ぐ一幕の演技は、自分でもまだ距離を感じているように見えた。エネルギーの大きさで時々パートナーを置き去りにする場面も。対する渡邊は演技のアプローチが明確。戸棚からの登場は感動的だった。全幕を通してのサポートにやや息切れを感じさせたが、今後の主役経験が解決すると思われる。
ドロッセルマイヤーは、自然体の演技と熟練のサポートでクララを支えた菅野英男と、細かい芝居と人の好さで舞台を引っ張った貝川鐵夫。ねずみの王様はいずれも王子配役者。奥村は芝居の巧さ、渡邊はコミカルな演技、井澤は2回目に圧倒的な存在感を示した。登場は団十郎張りの見得、気球にぶら下がる姿は歌舞伎の宙乗りのごとく、マラーホフ似の骨格から繰り出される跳躍はダイナミズムにあふれた。
一、二幕を通じて見せ場の多いルイーズには、きりっと端正な細田千晶、暖かくエネルギッシュな奥田花純、奔放で可愛らしい池田。シュタルバウム夫妻は、貝川と本島美和が裕福で明るい家庭を築く一方、芸事の好きな夫 中家正博(足捌きが美しい)をしっかり者の妻 仙頭由貴が支える浪花編があった。仙頭はごりょんさん、芸達者の乳母 丸尾孝子とも阿吽の呼吸を見せる。
ルイーズの取り巻きでは、宝満直也、宇賀大将、原健太、木下嘉人が若々しい個性を見せる中、老スコッツマンの福田圭吾が鮮やかな脚技と跳躍、同 高橋一輝がキャラクターを反映した濃密な踊りで場をさらった。高橋は祖父役でも癖のある面白い老人を造形している。
ソリストでは新加入の渡辺与布が、雪の結晶とスペインで気の漲った踊りを披露し、今後に期待を抱かせた。騎兵隊長とスペイン 木下の鋭い踊り、アラビア 本島の臈長けた美しさ、同 木村の破格の勇気、ロシア 福田の前宙、中国 宝満の美しい京劇の決めポーズ(11/19付退団)が印象的。雪のアンサンブルは、踊りではなく体の美しさによる統一感がある。一方花のアンサンブルはシーズン初めとあって、スタイルの確立はこれからだった。クララ子役は、ドロッセルマイヤーの甥に恋心を抱くには年齢が幼すぎるのではないだろうか。演技面での指導も期待したい。
指揮は前回の『くるみ』に引き続きアレクセイ・バクラン。「『くるみ割り人形』には、非常に精神性の高い曲が散りばめられています。だから、音楽家や指揮者は、心に偽りや不誠実があると弾けません。序曲や第1曲は子どもの世界を描いた曲です。子どもは心がとても清らか。ですから我々大人も、子どものようなピュアな心で演奏しなければいけません」(『The Atre』2016年1月号)。今回も繊細で緻密な音楽を東京フィルから引き出している。合唱は東京少年少女合唱隊(合唱指揮:長谷川理恵)。彼らに拍手をする機会を与えて欲しい。