12月に見た公演 2021

昨年12月に見た公演について、メモしておきたい。

 

「DaBY パフォーミングアーツ・セレクション」(12月10日 KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ)

Dance Base Yokohama で過去2年間創作された7作品を、5つのトリプル・ビルに組んだセレクション。その初回を見た。プログラムは、①『瀕死の白鳥』+『瀕死の白鳥 その死の真相』、②『BLACK ROOM』+『BLACKBIRD』よりソロ、➂『When will we ever learn?』。①についてはコチラ。②は横浜でのトライアウトを見ている

愛知での本公演を経た中村恩恵の『BLACK ROOM』は、よりソリッドな作品に。中村の体も試行錯誤の柔らかさが抜け、隅々まで意識の及ぶ舞台の体となっていた。動きの切れが増し、手のフォルムが研ぎ澄まされている。黒い部屋にどんどん入り込んでいく孤独の色が、さらに濃厚になった。一方キリアン作『BLACKBIRD』よりソロは、トライアウトでのバレエ系からフォークロアへと印象が変わった。グランプリエの力強さ。キリアンとの歴史を感じさせる。NDT 時代、中村のキリスト教的内省は、キリアンの美的世界に実存の深さを加えていたのではないか。

➂は鈴木竜振付。出演は鈴木、飯田利奈子、柿崎麻莉子、中川賢の実力派が揃った。同じシークエンス(ダンサーが縦1列に並んでから、集団フォルムを作り、鈴木を仰向けリフトしてから、鈴木を中心にポーズを決める)を繰り返し、その都度状況を変えていく。最初は男が女を虐待、または愛の行為と思われたものが、最後は女と男が逆転、さらに男同士、女同士にもなる。暴力とエロスにジェンダーが絡む骨太の作品だった。カントリーウエスタンで肩を振って踊るゴーゴーのような踊り、男女が抱き合って、女の腹に男の頭を押し付けると、女が押し返す愛の形が印象深い。これを踊った柿崎の自然さ、肚の決まり方が尋常ではなかった。柿崎が作品のドライブになっている。また中川がこれ程までに個性を消し去るのを初めて見た。捧げ切っている。ダンサー鈴木の印象は上体の大きさ。つまりパトスが強い。作品も同様。反対に足元を見る(内省する)ダンスを作るとどうなるだろうか。

このトリプル・ビルの隠れコンセプトは、①白鳥(酒井)、②黒鳥(中村)、➂ロットバルト(鈴木)?

 

スターダンサーズ・バレエ団『ドラゴンクエスト(12月17日 テアトロ・ジーリオ・ショウワ)

95年初演の重要なレパートリーの一つ。今回の舞台は昨年亡くなったすぎやまこういち(音楽)に捧げられた。演出・振付は鈴木稔、舞台美術・衣裳はディック・バード(18年~)による。当日のキャストは、白の勇者が林田翔平、黒の勇者が池田武志、王女が渡辺恭子というベストトリオ。魔王:大野大輔、賢者:福原大介、戦士:西原友衣菜、武器商人:鴻巣明史、伝説の勇者:久野直哉、聖母:角屋みづきも、適材適所の配役だった。

バードの美術・衣裳に変わったことで、バレエ作品としてより普遍的な外観が整い、海外公演も果たすことができた。その一方、日本人の琴線に触れる浪花節的な感情の発露が、これまでよりも後退しているのが気になる。黒の勇者の最期は、自分の出自(白の勇者と双子)を知った衝撃と、育ての親である魔王への愛情に引き裂かれ、魔王を道連れに崖から身を投じるという自己犠牲を伴う死である。そこに感動があったのだが、今回はそうした演出を感じることができなかった。勧善懲悪的な物語に方向転換したのだろうか。新村純一の陰影深い黒の勇者が思い出される。

 

井上バレエ団『くるみ割り人形(12月19日 メルパルクホール

振付は関直人、美術・衣裳はピーター・ファーマーによるバレエ団伝統の版。主役はWキャストで、当日の金平糖の精は若手の齊藤絵里香、王子はゲストの浅田良和が務めた。齊藤は磨き抜かれた様式性を体現、バレエ団の伝統を継承している。体の向き、視線、腕の置き方、頭の傾げ方、ふんわりと丸い腕の形、まろやかな全体のフォルム。かつてのプリマ藤井直子を想起させる。舞台に捧げる強度も素晴らしく、カーテンコールに至るまで精神性が滲み出ていた。一方の浅田は絶好調の踊り。伸びやかで極限まで体を使っている。柔らかい体捌き、美しい脚技、献身的なパートナリングは健在。フリッツの利田太一も師匠同様、美しく柔らかい踊りを披露した。

ドロッセルマイヤーは大ベテラン堀登から佐藤崇有貴にバトンタッチ。全体に関時代のあっさりとしたマイムから、華やかなマイムへと変わっている。おとうさんの原田秀彦は少しコミカルになったが、二枚目のままでよいのではないか。関が19年に急逝し、以降は複数の演出陣が指導を行なってきた。バランシンに影響を受けた関の祝祭的音楽性は、微妙なニュアンスの違いで再現が難しくなる。雪片のワルツは昨年よりも改善されたが、やはり関生前のような音楽の高揚感を醸すには至らなかった。

ロイヤルチェンバーオーケストラ率いる御法川雄矢の豊かな音楽性を堪能。師匠堤俊作が編曲したフィナーレのクリスマスソングを、楽しそうに指揮していた。

 

新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形(12月18日昼夜、21日、31日 新国立劇場 オペラパレス)

ウェイン・イーグリング版。2幕冒頭など分かりにくい場面もあるが、全体に子供の心情に寄り添った優れたファミリー・バレエになっている。子役への振付が高度(特に小クララのソロ)。また1幕1場の可愛らしい少女たちが、2場ではブーツを履いたファンキーな小ねずみたちとなって踊る。クラシカルとコンテンポラリーの両刀使いは、現代では必須か。イーグリング振付は、踊りとドラマが合致する時に最も発揮されるようだ。詩人、青年、老人、姉ルイーズによる恋の鞘当て劇中舞踊(通常自動人形の場面)、グロスファーターの世代継承シーン(杖と補聴器が若夫婦に渡る)の素晴らしさ。後者は振付の鮮やかさに見惚れると同時に、心もじんわりと暖かくなる。

今回、樅の森のアダージョが強力にブラッシュアップされた。これまで暗幕の前(なぜ?)で淡々と振付をこなしていたのが、クララと王子の濃やかな愛の対話となっている。吉田マジックだろうか。大晦日、正月三が日公演を実行に移し、ねずみの王様を分担させるなど、そこかしこに吉田監督の息吹が感じられた。さらに今回はアレクセイ・バクランの指揮が加わっている。バクランの『くるみ割り人形』に対する特別な思いは次の通り。

くるみ割り人形』には、非常に精神性の高い曲が散りばめられています。だから、音楽家や指揮者は、心に偽りや不誠実があると弾けません。序曲や第1曲は子どもの世界を描いた曲です。子どもは心がとても清らか。ですから我々大人も、子どものようなピュアな心で演奏しなければいけません。(『The Atre』2016年1月号)

振付のパ数の多さを感じさせないベテランの味、持ち前のバレエ愛、全身全霊を傾けた爆発的エネルギーで、舞台を牽引した。

今回のキャスト表では、役デビューに★印が付いている。見た順に、中島春菜のおっとりした花のワルツ、中島駿野の子供の扱いに長けた品のあるドロッセルマイヤー、渡邊拓朗の荒々しいねずみの王様、中島瑞生のノーブルなスペイン(中島が3人いる)、廣川みくりのきびきびとした花のワルツ、柴山紗帆の涼やかなクララ/金平糖の精(金平糖は2回目)、飯野萌子の芝居心あるルイーズ/踊りの巧い蝶々、小柴富久修の美脚なのに仕草が一々面白いねずみの王様、上中佑樹の情熱的な青年/騎兵隊長。初役ながらそれぞれが個性を発揮した。

晦日のカーテンコール時、中家正博ドロッセルマイヤーが進み出て、魔法の杖で雪の結晶の世界へと観客を誘う。すると突然、舞台両袖からクラッカーがバンと鳴り響き、金銀テープが客席に降り注いだ。小野絢子、福岡雄大を中心に、バレエ団のお礼の挨拶で1年が締めくくられた。当日の観客には、『シンデレラ』(小野=福岡、米沢唯)と『くるみ割り人形』(雪片アンサンブル)が表紙の罫線なしノートがプレゼントされた。

 

バレエ団ピッコロ『Letter from the sky ~ 愛しのメアリー ~』(12月25日 練馬文化センター 大ホール)

バレエ団恒例のクリスマス公演。コロナ禍のため2年ぶりとなる。最初に松崎えり振付『L'adieu』(演出協力:松本大樹)が上演された。松崎自身とキム・セジョンによる男女の愛と別れを、ゆったりとした透明感あふれる動きと呼吸で綴る。体の声に耳を澄ます自然派コンテンポラリーダンスである。「バレエクレアシオン」(日本バレエ協会)出品作では、群舞に極めて音楽的な振付を施していたので、バレエ団ジュニアへの振付も期待したい。

『Letter from the sky』は70年代から続くバレエ団の貴重なレパートリー。演出・振付は松崎すみ子。映画『メアリー・ポピンズ』の音楽を核とするパンチの効いた音楽構成が楽しい。松崎の音楽的で多彩なムーブメント、次々と新たな世界が現れる手作り感満載の演出が、子供の心を掴んで離さない。「不思議なひと」などのクリエイティヴなアクセントに、振付家松崎の自由な精神が感じられる。

主役のメアリーははまり役の下村由理恵。いつにも増して動きの正確な美しさ、練り上げられた演技で舞台を牽引した。傘を差して空に昇る凛とした姿に、いつも胸が熱くなる。バートの橋本直樹は、持ち味のダイナミックな踊りを役の内に収め、物語を生き抜いている。子供たちとの交流も暖かく自然だった。団員の小原孝司(バンクス氏)、菊沢和子(バンクス夫人)、山口裕美(お手伝いさん)、北原弘子(6人目のお手伝いさん)はもちろんのこと、ゲストの小出顕太郎(不思議な人)、堀登(銀行頭取)、大神田正美、井上浩一、水内宏之、大石丈太郎(銀行役員)の常連組一人一人が、子供たちを包み込む松崎ワールドを全力で支えている。子供たちも大人の真剣な演技に守られて、真っ直ぐで元気な踊りを見せた。振付指導は松崎えり。レパートリー保存の大きな要となった。

 

牧阿佐美バレヱ団『くるみ割り人形(12月26日 メルパルクホール東京)

創立者の牧阿佐美が亡くなって初めての公演。会場の都合で、美術を前版のモッシェ・ムスマンに戻している。期せずして『くるみ割り人形』にふさわしいノスタルジーが醸し出された。演出・改訂振付は三谷恭三。トリプル・キャストの最終回は、金平糖の精に上中穂香、王子に水井俊介、雪の女王に西山珠里、クララは宇佐美心葉が務めた。舞台は全体に明るさがあり、大黒柱を失った悲しみを、バレエ団が一丸となって乗り越えようとしているかに見える。ジュニアを含め男性ダンサーの踊りが伸びやかになったのは、アシスタント・バレエマスターに入った菊地研の効果か。

金平糖の上中は、アダージョでやや硬さが見られたものの、ヴァリエーション、コーダでは実力を発揮し、堅実に初役を務め上げた。対する水井は鮮やかな踊り。ヴァリエーションの美しさに目を奪われる。ただもう少しパートナーへの集中を期待したい。京當侑一籠の穏やかなシュタールバウム氏、甥(阿久津丈二)を従えたドロッセルマイヤーの菊地が、ベテランの包容力を見せた。また花のワルツソリスト、中川郁のほんわかした味わいには、いつもながら心が晴れる思い。末廣誠の熟練の指揮が、東京オーケストラMIRAI からゆったりと大きい音楽を引き出している。