バレエシャンブルウエスト「トリプル・ビル」 2018

標記公演を見た(5月13日 オリンパスホール八王子)。第82回定期公演に当たり、ジョン・ヘンリー・リード振付『Through their eyes』、今村博明・川口ゆり子振付『バレルのアマデウス』、同じく今村・川口振付『新・おやゆび姫』というプログラム(上演順)。地元の人々に高いレヴェルのバレエ作品を提供すると共に、新進振付家に創作の場を与える貴重な公演である。
幕開けのリード作品(40分)は、幼稚園に通う子どもたちの様々な姿を描く。安藤基彦のカラフルな衣裳・装置がポップな楽しさを演出、先生というよりも保母さん風の橋本尚美が、やんちゃな子どもたちを統率する。幼稚園で皆が賑やかに遊んだ(踊った)後、お迎えのこない女の子のソロ、自宅で寝ている兄妹がクッキーを求めて宙を飛ぶ場面、雨の中、裸足で踊りまくる女の子、母とブティックに来た姉妹が、マネキンとお話しする場面、父に寝かしつけられた小さな女の子が、夢の中で大人になり、4組の男女を従えて父とパ・ド・ドゥを踊る場面が続く。最後は幼稚園のさよならの時間、「夕焼け小焼け」が流れるなか、バイバイと手を振りながら子どもたちは帰っていく。音楽は「展覧会の絵」、「虹の彼方に」、バロック音楽のアレンジを含むライト・ミュージック、振付はバレエ、ヒップホップの語彙、床を使った動きを用いた演劇性の強いもので、子どもたちの心情を描くことに主眼があった。
バレエ団及びゲストダンサーたちは、子どもに戻って純真無垢な踊りを踊る。中でも吉本真由美の無邪気な踊りが際立った。松村里沙のクラシカルな踊り、大田恵、山田美友の情感、また吉本泰久、橋本直樹、染谷野委、土方一生、リード、宮本祐宜、石原稔己の男性陣も年齢を忘れて童心に返る。リード自身の幼き日の眼差し、愛娘の目を通した日常、さらにリードと大田、土方と吉本(真)のデュエット、リードと愛娘の空飛ぶリフトなども加わり、リードが来日して同団で過ごした日々の集大成となった。作品というよりもオマージュの印象が強い。
続くモーツァルトの自動オルガン曲(音源提供:萌木の村博物館「ホール・オブ・ホールズ」)を用いた『バレルのアマデウス』(10分)上演の前に、マリンバ奏者の大森たつしが曲の解説を行なった。「〈自動オルガンのためのアダージョアレグロ短調KV594〉はモーツァルトが亡くなる1年前に作曲されました。通常オルガンの楽譜は3段ですが、これは4段からなり、人間が弾くことはできません。パイプオルガンなら479本のパイプを必要とします。現在では複数の楽器に分けて弾くようにアレンジされています。オリジナルで奏でることができるのは、萌木の村博物館所有のバレル式自動オルガンのみなのです。」
本作は、川口と逸見智彦を中心に、4人の若手女性ソリスト、9人の男性ソリスト、女性アンサンブルが、オルガンの重厚な持続音をバックに、シンメトリーや直角のフォーメイションを厳かに繰り広げる。磨き抜かれたポジション、優雅な歩行、古典的リフトの組み合わせが、バレエについてのバレエ作品であることを示している。川口のクロワゼの美しさ、絶対的な腕のラインが素晴しい。伸びやかな女性陣、ノーブルな男性陣を従えて、バレエの規範を見せる作品の要となった。
最後は『新・おやゆび姫』(50分)。06年に清里フィールドバレエで初演され、翌年劇場用に改訂、再演を重ねた『おやゆび姫』を再改訂したものである。これまではモーツァルトのピアノ協奏曲のみを使用していたが、今回は協奏曲をわずかに残し、キャラクターに合った様々な楽曲が選択されている(共に江藤勝己選曲)。モーツァルトの音楽を楽しめる旧版から、子どもたちにも物語がよく伝わる新版へと変わった印象。出典は明らかにされていないが、花の国の女王と王によるパ・ド・ドゥ曲は、トランペットとアコーディオン(?)を用いた親しみやすい音楽で、なぜか和風の趣があった。オークネフの正統派衣裳、桜井久美によるメルヘン調の美術(上下する森や花のバックドロップ、開閉するチューリップ、くるみの殻、ハスの葉、ドングリ)、江頭路子によるイラストレーションが、観客を童心に戻らせる視覚的世界を創り上げている。今村・川口の振付は、動物たちの個性あふれるキャラクターダンス、古典の豪華な踊りの両方を、十二分に楽しませるものだった。
主役のおやゆび姫には、若手で抜擢の続く川口まり。前回の吉本(真)は情熱的な演技を表現の核としていたが、川口(ま)は古典的な踊りを核とする。姫の苦悩のソロはまだ情感を醸し出すには至っていないが、雪の王とのアダージョで凍っていく繊細な腕使い、つばめを介抱する優しさ、花の国の王子との清潔なパ・ド・ドゥに個性が出た。つばめ役 江本拓の美しいバットリー、キューピッド 深沢祥子の透明感あふれる踊り、息子カエル 吉本(泰)のガマーシュ風求愛、雪の王 リードの重厚な存在感、野ネズミのおばさん 橋本(尚)の細やかな気遣い、モグラの紳士 正木亮の熱く一直線の求愛など、ベテラン勢が全力投球。王子 土方の戯れるような音楽性は変わらず。全体を総べる花の女王と王の川口(ゆ)と逸見は、あっさりと控えめなパ・ド・ドゥで品格を示した。