谷桃子バレエ団「創作バレエ・15」 2018

標記公演を見た(11月3日昼 新国立劇場中劇場)。伊藤範子振付作品のダブル・ビルで、新作『HOKUSAI』と、『道化師―パリアッチ』(13年)というプログラム。ミラノ・スカラ座での研修経験(16年文化庁特別研修員)を生かした、言わば帰朝報告である。
幕開きの『HOKUSAI』は、伊藤がミラノ研修中に見た「北斎展」にインスピレーションを得ている。北斎と花魁の叶わぬ恋を物語の軸に、江戸の様々な風俗が廻り舞台に載ってスピーディに展開する。音楽はゾルタン・コダーイを使用。神社横の絵にまみれた北斎の部屋、紅殻格子の遊郭、富士山の見える街並み、「ビッグ・ウェーヴ」と巨大な満月などの舞台美術は、鈴木俊朗・佐藤みどり、照明は足立恒、衣裳デザインにはサンティ・リンチャーリを起用した(衣裳製作:大井昌子)。コダーイの民族色豊かな音楽と江戸文化が、バレエを要に違和感なく融合している。
アーティストの苦悩を主題に据えるのは、伊藤作品の特徴。道化役者カニオ、詩人ホフマン、そして今回の画家北斎。男性ダンサーの苦悶するソロが作品を貫いている。祝祭的な群舞の楽しさ、キャラクター造形も的確だった。江戸風俗を見せることに力点があったのは、日伊の文化交流を意識したせいか。
北斎の檜山和久は、切れのよい踊りに絵描きとしての苦悩を滲ませる。花魁との恋も画業の肥しの一つ。対象を観察する鋭い視線が絵描きの業を示す。終幕に現れる「ビッグ・ウェーヴ」と満月に向かい合い、絵のみに精進する姿を観客の目に焼き付けた。花魁の永橋あゆみは垢抜けた佇まいが持ち味。格子窓にもたれかかる姿には、涼やかな色気と遊女の哀しみが漂う。檜山相手の精緻な踊りは、情愛の深さと気品を纏っていた。
ソリスト竹内奈那子、馳麻弥率いる女郎アンサンブルの濃厚な踊り、町人男女アンサンブルの闊達な踊り、そして何より、齊藤拓のノーブルな遊郭番頭(踊りの美しさ!)、赤城圭のそのままで生臭な僧侶、吉田邑那の熱血侍、岩上純のそのままで面白い商人が、バレエ団の美点を強調する。赤城はカーテンコールでも、小坊主を帰して遊郭に上がり込んだ申し訳なさを全身で表していた。
再演の『道化師』は、ネッダに酒井はな、トニオに藤野暢央をゲストに迎え、作品スケールの拡大を目指す。酒井は気性の激しさとシルヴィオへの恋心を豊かに表現、藤野は屈折した男の愛憎を見事に身体化した。主役のカニオは初演と同じ、三木雄馬。一本気でやや直情的な性格を研ぎ澄まされた動きと踊りで体現する。道化役者の悲しみを出すにはまだ若いが、「衣裳を付けろ」のソロでは、表現主義的な踊りで裏切られた男の嘆きと苦しみを見せつけた。ペッペ 牧村直紀の可愛らしいアルレッキーノ、シルヴィオ 安村圭太のノーブルな二枚目ぶりも嵌っている。
ただし全体のバランスを考えると、カニオの存在が初演時よりも後退した印象。様々な音源の使用も、やや統一感を損ねるように思われるが、コメディア・デラルテ様式の道化役者たち、牧歌的な村人アンサンブルの醸し出すヴェリズモ・オペラの雰囲気は素晴らしく、バレエ団の貴重な財産である。練り上げての再演を期待する。