バレエシャンブルウエスト『コッペリア』2020

標記公演を見た(10月10日 オリンパスホール八王子)。本来は6月7日に公演予定だったが、新型コロナウイルス感染症拡大のため延期となり、仕切り直しての上演である。観客の体温検査、手の消毒、来場者カード、市松模様の座席配置など、念入りなコロナ対策が採られた。

振付・演出は今村博明と川口ゆり子。マイムを重視し、音楽性、演劇性がバランスよく組み合わさった正統派のヴァージョンである。マズルカ、チャルダシュは肩を組み、共同体の祝祭性を表現する。八王子という地元に密着したバレエ団の在り方と、二重写しになった。

主役スワニルダには、1幕の演劇性、2幕の人形振り・民族舞踊、3幕の古典舞踊と、プリマの技量が要求される。今回は若手の川口まりが挑戦、恋人のフランツには、海外経験を基に、着実にバレエ団での地歩を固める藤島光太が配された。

川口を見たのは14年の『フェアリー・テイルズ』が初めて。画家の孫役で行儀のよい踊りを披露する。同年『くるみ割り人形』の音楽的な葦笛、2年後には『くるみ』のフリッツを踊り、美しい脚捌きでトラヴェスティの魅力を発散させた。17年には田中祐子作品で瑞々しい踊りを、同年『くるみ』では金平糖の女王を踊り、主役の器を印象付ける。翌年『新おやゆび姫』標題役では、繊細な腕遣い、清潔なパ・ド・ドゥに、古典の香気が立ち上った(清里フィールドバレエは、17年『シンデレラ』標題役、19年『ドン・キホーテ』キトリ、20年『白鳥の湖』オディールを踊る〈共に未見〉)。

今回の『コッペリア』でも古典舞踊に美点がある。1幕はやや芝居が硬く、表情も作りすぎに思われたが、キトリ(清里)ではどうだったのだろうか。フランツとの生きた対話で、観客を楽しませるには至らなかった。だが2幕になると、溌溂とした民族舞踊に踊りのエネルギーが現れ始める。3幕では、繊細な音取り、伸びやかで大きな踊り、美しい脚線で、香り高いパ・ド・ドゥを作り上げた。古典へのストイックな姿勢に、主役の器・責任感を感じさせる。

師匠の川口ゆり子は、2幕のコッペリア(実はスワニルダ)に血が通い始める瞬間、演技ではなく、体の質(意識)を変えて、奇跡的時空を現出させた。その技、または古典解釈を継承して欲しい。

対するフランツの藤島光太は、エネルギーにあふれる。主役経験も豊富で、優れた技術、確かなサポート、舞台での自然な佇まいがそれを物語る。演技相手との呼吸もさらりとコントロール、「いい加減」を演じることができる。2幕コッペリウスとのやりとりが物凄く面白かった(酔っぱらって、普通はうつ伏せだが、仰向けに座っていたのはなぜ?)。やんちゃだがノーブルな味を失わない、貴重な主役ダンサー。3幕ソロも素晴らしかった。

コッペリウスには正木亮。ローラン・プティを思わせる粋でダンディな造形である。演技は隅々まで解釈が行き渡っていながら、あっさりと。マイムは音楽的で気品にあふれる(今村を彷彿)。そこに正木の真っ直ぐな愛情が加味されて、3幕の市長と共に踊りを観覧する姿からは、暖かいエネルギーが舞台に放出された。その市長には、逸見智彦。女性に引きずられても鷹揚に対し、3幕では正木コッペリウスと並んで、後輩の踊りを嬉しそうに見守っていた。

今回は中堅・若手中心のキャスティング。「時のワルツ」ソリストでは、新進 柴田実樹の伸びやかな踊りを、クラシック教師 江本拓が手厚くサポート。「夜明け」石原朱莉の確かな技術、「祈り」伊藤可南の美しいライン、キューピッド 近藤かえでの切れの良い踊りが印象深い。また「戦い」では、押し出しの良い土田明日香、パトスあふれる村井鼓古蕗、エネルギッシュな染谷野委、音楽性豊かな土方一生の踊りを見ることができた。

同じスクールから生まれたアンサンブルの美点は、「時のワルツ」で発揮された。長い手足、伸びやかな踊り、ゆったりとした音取りが見事に揃っている。バレエ団の伝統をよく伝えていた。

今回はダイワハウス特別協賛により、磯部省吾指揮、大阪交響楽団が、堺市から駆け付けた。フルオーケストラの地響きのする重厚な音が、ホールを貫き、生演奏の醍醐味を観客にアピールする。ドリーブ・ファンとしては、もう少し軽やかな色彩を期待するところだが、オーケストラの個性と情熱の伝わる熱演だった。