日本バレエ協会『ドン・キホーテ』2023

標記公演を見た(2月4日 東京文化会館 大ホール)。都民芸術フェスティバル参加公演。新振付・演出はマシモ・アクリ、振付補佐には堀本美和、バレエ・ミストレスは楠元郁子、千歳美香子、バレエ・マスターに奥田慎也という布陣。主要キャストからアンサンブルに至るまで、ほぼ3キャストが組まれている。キトリは、水谷実喜、川島麻実子、長崎真湖、バジルは、アクリ瑠嘉、厚地康雄、浅田良和という配役。そのうち初日のアクリ門下組、水谷とアクリ(瑠)を見た。

アクリ版はヌレエフ版と共通する幕構成ながら、古典バレエへの美学が横溢する正統派『ドン・キホーテ』だった。まずは清潔なクラシック・スタイルに目を奪われる。上体を固めて下肢を細かく動かす求心的フォルムは、イタリア派由来だろうか。四肢を大きく伸びやかに使うロシア派とは対照的に、動きは抑制的で軸の巻き込みが鋭い。ロン・ド・ジャンブやプティ・バットマンの装飾も繊細で、身体の調和が優先される。何よりも爪先の美しさ。跳躍時のくっきりとした足の輪郭には目を見張った。森の妖精たちはポアント音なし、キューピッドたちはポアントなしで踊る。主役はもちろんアンサンブルまで、アクリ・スタイルで統一されたが、3幕アンサンブルには磨き残しが。大人数ゆえか。

音楽を自在に扱う流れるようなマイムもアクリ版の特徴。スカラ座バレエ団来日公演の自然食のような舞台が思い出される。プロローグのドン・キホーテ・マイムの優雅さ、1幕マイムの雄弁な演劇性が素晴しい。特にエスパーダ、メルセデスの闘牛マイムは、踊りと相まって生き生きと情景を伝えている。

振付では、1幕の波のように左右に分かれるカノン入りセギジリヤ、コーダの横一列男性ピルエットが新鮮だった。3幕「酒場」では、メルセデストレアドールの絡むエスパーダ・ソロ、両手に酒コップの剽軽なバジル・ソロ、給仕4人を従えたコミカルなガマーシュ・ソロが続き、職人技を競う。高度な技術、役に沿った舞踊スタイルの応酬で、ブルノンヴィル作品のダンス・バトルを思い出した。

3幕「結婚式」はマリア像の見守る広場で行われる。アムールとキューピッドの踊りは、街の娘と侍女アンサンブルに変更、グランパの第2ヴァリエーションは4人の女性によって踊られた。作品の頂点を成すキトリとバジルのパ・ド・ドゥは、華やかさよりも結婚の厳粛さを重視。さらにフィナーレの中間部に、キトリとバジルがロレンツォに挨拶し、ガマーシュがキトリに赤バラ、バジルにお祝い金を与え、神父が二人を祝福する芝居が組み込まれる。振付家の出身地、お国柄を偲ばせる演出だった。幕切れは、プロローグ、ロマ野営地同様、ドルシネアに導かれるようにドン・キホーテサンチョ・パンサが去っていく。演劇的にも舞踊的にも緻密に振り付けられた、優れたオリジナル版と言える。

キトリの水谷、バジルのアクリ(瑠)は、共にリリカルで雑味のない踊り。水谷のアティチュードの品格、瑠嘉のこれ見よがしのない技術披露が、師の教えを物語る。アクリ・スタイルのお手本のような舞台だった。脇を固める保坂アントン慶の優雅なドン・キホーテ、奥田慎也の可愛らしいサンチョ・パンサ、遅沢佑介の存在感あふれるエスパーダ、渡久地真理子の濃厚で肚のあるメルセデス、高橋夏海、オーム・ソフィアの闊達なキトリ友人。さらにガマーシュの伊坂文月が、緩急心得た芝居の巧さ、役の踊りで場を盛り上げた。柴田英悟の穏やかなロレンツォとも好いコンビを形成。キャラクターダンサーとして数々の名演を見せてきたアクリの演出に、芝居陣が生き生きと応えている。

冨田実里指揮、ジャパン・バレエ・オーケストラによる引き締まった演奏も、舞台の質向上に大きく貢献した。