標記公演を見た(2月7日 東京文化会館 大ホール)。同団は新制作の『シンデレラ』振付・演出にヨハン・コボーを招聘。コロナ禍のなか、様々な困難を乗り越えて、世界初演に漕ぎ着けた。コボーは、デンマーク・ロイヤル・バレエ、英国ロイヤル・バレエでプリンシパルを務め、振付家として『ラ・シルフィード』を始めとする改訂作品を、世界各国で上演している。13年から16年には、パートナー アリーナ・コジョカルの故郷、ルーマニア国立バレエ団で芸術監督も務めた。優れたブルノンヴィル・ダンサーで、DVD『Bournonville Ballet Technique-Fifty Enchainements』の模範演技は有名。新国立劇場公演でも、切れ味鋭いジェイムズを披露している。
コボー版『シンデレラ』全2幕(音楽 プロコフィエフ)は、主人公のシンデレラを、バレリーナを夢見る少女に設定した。自ら踊ってきたアシュトン版の影響を窺わせつつも、第1幕のレッスン場では、デンマーク・ロイヤルの出自を存分に生かしている。ピアノとヴァイオリンによる伴奏、教師の膝下丈ワンピースなど、20世紀前半を思わせる古風な教場。シンデレラ、教師(実は仙女)、継母のピアニスト、義姉たち、ヴァイオリニスト、男子生徒(後に王子)が、細やかなマイムで、悲喜こもごものドラマを描き出す。センターでのブルノンヴィル・クラスと共に、19世紀バレエの伝統を引き継いだ名場面だった。
幕開けのシンデレラと仙女による鏡面の踊りは、ブルノンヴィルの『ラ・ヴェンターナ』に由来。教場のポスターからにょきりと出てくる緑の精は、アシュトンの『夏の夜の夢』、白の精はプティパ=イワノフの『白鳥の湖』、赤の精はバランシンの『ルビー』を表して、先人振付家たちへのオマージュとなっている(3人は四季の精に相当)。
第2幕は王子の舞踏会。赤い靴を手にして結婚相手を探す王子が、ようやくシンデレラと出会う。仙女が銀河の流れる星空を出現させると、金のチュチュを身に着けたシンデレラと王子が劇的なパ・ド・ドゥを踊る。ダイナミックなシンデレラ・ソロからグラン・ワルツ、そして継母の時間厳守を想起させる時計のテーマへ。夢から覚めると、元の教場。現実に引き戻されるシンデレラに、マフラーを取りにきたヴァイオリニストが、優しくトゥシューズを履かせる。二人は手に手を取って教場を後にする。華やかな王宮の幸せではなく、バレエへの夢を共にするパートナーとの未来は、いかにもコボーの選んだ結末だった。
初演ということもあり、教場から舞踏会に至るシーンはドラマの流れがやや弱いが、バレリーナを夢見る少女が勇気を持って生きるストーリーは、若い観客の琴線に触れるのではないか。バットリー多め、高難度の振付は、クラシックダンサーの究極の理想を提示し、ダンサー、観客の両方に啓蒙的な効果をもたらした。
主役のシンデレラには、若手の野久保奈央が抜擢された(初日は英国ロイヤル・バレエ プリンシパルの高田茜)。文字通りシンデレラ・ストーリーだが、とても初主演とは思えない堂々たる主役ぶりだった。持ち味の高い跳躍、バットリーの鋭い切れ味、変則フェッテの鮮やかさ、回転技の揺ぎなさなど、技術の高さ、確かさが、舞台に熱い旋風を巻き起こす。さらにチュチュ姿での迫力にも驚かされた。ラインに気が漲り、懐の深ささえ感じさせる。古典の様式性、ドラマティックな踊り、温かみのある自然な演技、コミカルな味わいが揃うバレリーナ。今後が大いに期待される。
両日王子を務めた宮内浩之は、持ち前のノーブルな味わいを十分に発揮、踊りにもさらに磨きがかかった。シンデレラの野久保を優しくサポートしている。一方、ヴァイオリニストで、舞踏会では道化となる新井悠汰は、力みのない軽やかな跳躍で、舞台に清涼な風をもたらす。ヴァイオリニスト時には、性根からの優しさを見せて、シンデレラと共に歩む地道で慎ましやかな日々を予感させた。
バレエ教師=仙女の浅井杏里は、厳しさ、暖かさ、品格ある佇まいが揃う、まさにバレエ教師(実際バレエミストレスでもある)。シンデレラに自立を促すところなど、演技とは思えないリアリティがあった。継母ピアニストの佐藤圭、義姉たちの鈴木恵里奈、阪本絵利奈、男子生徒の三船元維も、役どころを十二分に心得て、作品の演劇的側面を支えている。緑の精 須谷まきこの小気味よい踊り、白の精 吉川風音の優雅さ、赤の精 猪嶋沙織の情熱的な踊りなど、全体に個性を生かした配役が楽しい。男性アンサンブルの技量の高さ、女性アンサンブルの統一されたスタイルが、舞台に厚みを加えている。
NBAバレエ団オーケストラを率いる冨田実里が、力強く情熱的な指揮で、世界初演を成功に導いた。星空のパ・ド・ドゥでは、激烈なクレシェンドで、野久保の踊りを大きく盛り上げ、主役デビューを祝福している。