パリ・オペラ座バレエ団『天井桟敷の人々』

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パリ・オペラ座バレエ団が3年ぶりに来日、『天井桟敷の人々』(08年)を上演した。マルセル・カルネ監督の傑作映画をバレエ化したもので、バレエ団芸術監督ブリジット・ルフェーブルの企画。振付をジョゼ・マルティネス、衣裳をアニエス・ルテステュが担当した。
マルティネスは『ドリーブ組曲』や『スカラムーシュ』の振付から分かるように、歴史への眼差しを持つ振付家である。そうした資質と、エトワールとして物語バレエからコンテンポラリーまで様々なジャンルを踊ってきた蓄積により、文化的国家遺産『天井桟敷の人々』を現代に蘇らせることに成功した。
作品の構造は入れ子状態。サーチライトを持ったジャン=ルイ・バローが、かつての撮影所を訪れ、回想するという導入部が置かれる(終幕にもバローは登場、幕引き役となるが、少し余情が損なわれる面もある)。
回想の中では、パントマイム役者バチストと絶世の美女ガランスの恋が、俳優ルメートル、悪党ラスネール、座長の娘ナタリー、宿屋のエルミーヌ夫人、モントレー伯爵を絡めて、ほぼ映画通りのニュアンスで描かれる(翻案・マルティネス、フランソワ・ルシヨン)。
19世紀前半のコメディア・デラルテ風無言劇と、その舞台裏を見せるバックステージ物の妙味は、映画でも見られたが、実際に舞台上で演じられると面白さが倍増する。場面に応じて様々なスタイルを使い分けるマルク=オリヴィエ・デュパンの音楽も、この無言劇の甘く切ないメロディが特に素晴らしかった。
劇場構造をフルに生かし、観客とダンサーを近づける演出も効果的。ルメートルの寸劇『オセロ』は、休憩時に観客が見守るなか、クローク横の階段で演じられ、終幕のガランスとバチストの永遠の別れは、ガランスが客席へと降り立つことで表わされる。
ジャグリング、太鼓を伴った呼び込み屋(残念ながらフランス語)、ルメートルの新作を宣伝するサンドイッチマン、天井からのチラシ撒きなど、昔の芝居小屋の熱気を劇場内に呼び起こす演出は、まさに演劇そのものへのオマージュである。
振付は人物に応じて、クラシックからコンテンポラリーまで多岐にわたる。バチストのピエロの仕草と床を使ったコンテンポラリーの語彙、ガランスのポアントのニュアンス、ラスネールの爬虫類風身のこなし、エルミーヌ夫人のコミカルなヒール付きポアント踊りが印象的。ルメートルの新作『ロベール・マケール』のプロットレス・バレエはバレエファンへのサービスかも知れないが、演技と踊りを融合した物語部分の方に、マルティネスの才能が発揮された。
バチストを演じたマチュー・ガニオは、美しい容姿の内包する空ろさが、ピエロの衣裳によく合っている。バローの天才的な鋭い狂気、詩的なパントマイムとは違った、何か常に受け身の哀しさを感じさせた。一方、ガランスのイザベル・シアラヴォラは適役。美しい脚と甲の高さで、様々な感情が表現できる。映画のアルレッティに近い造型だった。
ルメートルのカール・パケットは、クラシック場面を一手に引き受けている。数多の女をサポートし、休憩時も寸劇でリフト、そのまま新作の踊りに入るタフな役どころである。誠実で女を弄ぶ風には見えないが、献身的な舞台に好感が持てた。
ソリストを含め、バレエ団は一人一人が役を心得て、群衆の猥雑な活気を生み出している。一幕兵士の古風なユニゾンや、アクロバット三人娘のチンチクリンな可愛らしさも印象深い。カーテンコールの元気な出入りも楽しかった。
ジャン・フランソワ・ヴェルディエ指揮、シアターオーケストラトーキョーが若々しい演奏で、来日ソリスト陣と共に、舞台を大きく支えている。(5月30日 東京文化会館大ホール)  『音楽舞踊新聞』No.2901(H25・6・21号)初出