新国立劇場バレエ団『ペンギン・カフェ2013』

新国立劇場バレエ団『ペンギン・カフェ2013』評をアップする。

新国立劇場バレエ団がビントレーの『ペンギン・カフェ』を再演した。同時上演は前回と同じバランシンの『シンフォニー・イン・C』と、ビントレーの近作『E=mc²』(バレエ団初演)。一月公演同様、ダンサーのアスリートとしての側面を鍛えるタフなトリプル・ビルである。
ビントレー初期の傑作『ペンギン・カフェ』(88年)は、サイモン・ジェフ率いるペンギン・カフェ・オーケストラの「世界音楽」を用いた被り物バレエ。ヒツジ、サル、ネズミ、ノミ等が民族音楽に乗って楽しげに踊るが、彼らは実は絶滅危惧種であり、狂言回しのペンギンは既に絶滅していることが、最後に分かる。
終幕、黒い不吉な雨を逃れ、動物と人間が対になってノアの箱船に乗り込む。しかしペンギンの前で扉は閉ざされ、あとに一人ポツンと残される。残されたことさえ分からないその無防備な立ち姿は、死そのもの、我々の行き着く先である。
さらに今回は3・11以前の前回と比べ、住むところを追われた熱帯雨林家族の哀しみが、他人事ではないリアリティを持って胸に迫ってきた。生の喜び(踊り)を味わううちに、いつの間にか死の影に捉えられる。緻密に計算された重層的な作品である。
久々復帰のさいとう美帆が嬉々としてペンギンを演じている。ウーリーモンキーの福岡雄大、オオツノヒツジの湯川麻美子、カンガルーネズミの八幡顕光、福田圭吾、ケープヤマシマウマの奥村康祐、古川和則もはまり役だった。最大の見せ場は貝川鐵夫、本島美和と子供が演じる熱帯雨林の家族。その無意識の哀しみ、無垢な魂が緩やかな動きとなって流れ出す。本当の家族に思われた。
前後を二つの傑作に挟まれた『E=mc²』は、09年にバーミンガム・ロイヤル・バレエ団によって初演された。デイヴィッド・ボダニス著の同名作から着想し、マシュー・ハインドソンに曲を委嘱した意欲作である。
作品は、ボダニスの章立てに沿って「エネルギー」「質量」「光速の二乗」と進むが、「光速」の前にこの方程式が人類にもたらした最悪の結果、「マンハッタン計画」が挿入される。
ハインドソンの音楽は、原初的なエネルギーに満ちた曲に始まり、雅楽を思わせる瞑想的な曲、振動を伴う轟音、そして明るいミニマルな曲で終わる。ビントレーの振付も、モダンダンス風の写実的な動きに始まり、浮遊感のあるアダージョ、日本風の舞、ミニマルな跳躍と、音楽に呼応する。
ただしビントレー特有の、肉体の細部まで動員した繊細な音楽解釈を感じさせたのは、残念ながら「質量」と「マンハッタン計画」のみだった。
ダンサー達は作品の実質を上回るエネルギーで、芸術監督の意欲作に応えている。特に「エネルギー」の福岡、本島、「質量」の美脚三人組、小野絢子、長田佳世、寺田亜沙子、「マンハッタン計画」の湯川、「光速の二乗」の五月女遥が、振付の意図をよく伝えている。
バレエ団4回目となる『シンフォニー・イン・C』はPaul Boos の振付指導。バレエ団初演時(P・ニアリー指導)と比べると、大胆な脚技やフルアウトのエネルギーは影を潜め、より端正で流れを重視した形になっている。
プリンシパルにはバレエ団の顔が揃ったが、中でも第一楽章の長田が、優れた音楽性と正確な脚のコントロールでバランシン・スタイルの体現者となった。また菅野英男のクラシカルな切れ味、福岡のスピーディな踊りも魅力にあふれる。
コリフェではベテランの大和雅美、江本拓に加え、五月女、盆小原美奈、宝満直也等、若手の活躍が目立った。また第二楽章のプリンシパル厚地康雄と第一楽章のコリフェ小柴富久修が、『E=mc²』同様、サポート役で貢献している。
演奏はポール・マーフィ指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。(4月28、29日、5月4日 新国立劇場オペラパレス) *『音楽舞踊新聞』No.2900(H25・6・11号)初出