「全国合同バレエの夕べ」樫野隆幸と小㞍健太

標記公演評をアップする。樫野のプロットレス・バレエと小㞍のコンテンポラリー・ダンスが素晴らしかったので。
樫野作品は初めて。優れた音楽性と明晰な空間感覚がピンポイントで合致した精緻な作品。作り込む思考の量が半端ではない(普通はここまで作り込めない)。ダンス・クラシックを解体する方向ではなく、その粋を極める方向は、よほどの才能でなければ作品は無効になる。細部を確認するため、もう一度見たかった。小㞍作品の方は自作自演を含め、アーキタンツや様々なガラで見たことがある。それらの作品では振付家としての個性を掬い取ることができなかったが、故郷で女性8人に振り付けた作品には、なぜか小㞍の感覚が反映されている。自分の内部を見つめ、そこに蠢く感覚をそっと動きに変えている。その繊細さ、密やかさ。外見とは裏腹に(でもないのか)、フェミニンな資質を感じさせた。クラシック・ベースの方が自由になれるのかもしれない。

日本バレエ協会主催「全国合同バレエの夕べ」が二日間にわたり開催された。文化庁「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」の一環である。今回は8支部1地区が参加。本部作品を加えると、13作品上演という盛況だった。
最大の成果は、東日本大震災の復興途上にある東北支部が三年ぶりに参加して、レヴェルの高い舞台を見せたことである。作品は『海賊』の踊りどころを再構成した『ル・コルセーユ・ディヴェルティスマン』(改訂振付・左右木健一)。海外で活躍する大場優香、田辺淳、淵上礼奈、馬場彩に加え、地元の鹿又陽子、ジュニア実力派が、技術、様式を伴ったヴァリエーションを披露した。特にアリの田辺は無口ながら大技を繰り出し、鎮魂の祈りを踊りに滲ませている。アンサンブルは全体にポアント音が小さく、慎ましやかなスタイル。統一感あふれる改訂だった。


古典改訂は他に2作。山陰支部の『時の踊り』(改訂振付・若佐久美子、監修・安達哲治)は、夜の女王に吾郷静、三日月にトレウバエフ(共に好演)、時の精に地元ジュニアを配した寓話風バレエ。ジュニア達は必ずしも揃っていないが、プティパ・イデアが共有されて、フォーメイションの明快さ、面白さ、豪華さを伝えることに成功した。
北陸支部は『ドン・キホーテ』第2・3幕より(改訂振付・坪田律子)。ノーブルな法村圭緒をバジルに迎え、土田明日香がドルシネア、岩本悠里がキトリを踊った。混成のアンサンブルをよくまとめているが、構成にはもう一工夫欲しい。


創作は8作。個性派揃いのなかで、一際目立つ2作品があった。関西支部の『コンチェルト』(振付・樫野隆幸)と、四国支部の『夕映え―only yesterday』(振付・小尻健太)である。
女性16人が踊る『コンチェルト』は、バッハの管弦楽曲に振り付けられた純粋なプロットレス・バレエ。音楽と密接に結びついた精緻な空間構成が素晴らしい。振付はバッハにふさわしくカノンを多用。アラベスク、ア・ラ・スゴンド、フェッテが次々に花開いていく。ダンサーのレヴェルも高く、ガルグイヤードなど高難度の振付を易々こなした。隅々まで意匠を凝らした、宝石箱のような作品だった。
一方女性8人が踊る『夕映え』は、意味を生成しない純粋なコンテンポラリー・ダンス。深海のような密やかな息遣い、シルフィードのような存在感、ホラー物のムードも漂わせる。日常的仕草や動き出しのカノンが面白い。そのユーモアとリリシズムの絶妙な配分、繊細な音楽性。師匠キリアンよりもやはり東洋的である。バレエの体でなければ作り出せない霊妙な世界だった。


他の6作は初日から順に、グラズノフを使用した東京地区の『SEASONS』 (振付・伊藤範子)。志賀育恵と横関雄一郎(共に好演)を主役に、コリフェ、コール・ド・バレエを配したシンフォニック・バレエである。神経の行き届いたアダージョ、古典の香り高いヴァリエーションに振付家の個性を見た。
関東支部の『ヴァイオリン協奏曲ホ短調』(振付・石井竜一)は、メンデルスゾーンの生涯を女性二人を絡めて描いたモダンバレエ。武石光嗣のノーブルな佇まい、清水美由紀の情感豊かな踊りが素晴らしく、作品の枠組もよく考えられている。ただ振付家の個性の発露という点では物足りなさが残った。
沖縄支部の『南のシンフォニア』(振付・伊野波留利)は、富田勲with鼓童の曲に振り付けられたモダン・ダンスの語彙を含むプロットレス・バレエである。モダンの闊達な動き、バレエの研ぎ澄まされた体、南国らしい伸びやかさの融合は他では見ることができない。観客の心を一気に解放する力があった。


二日目の創作は、バッハの「シャコンヌ」を使用した東京地区の『MIRAGE(幻影)』(振付・安達哲治)から。安達の文学性を濃厚に反映した現代版ロマンティック・バレエである。安達のロマンティックな願望を古澤良が体現。永遠の女性を寺田亜沙子が美しく、古澤を包み込むように演じた。寺田の透明感が作品に燦めきを与えている。
中国支部の『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』(振付・榎本晴夫)は、モーツァルトの同名曲に振り付けられた作品。ダンサーの技倆に寄り添ったのか繰り返しが多く、スタイルの指導も徹底されていない。ただダンサーたちが笑顔で踊っていたのが印象的だった。
関東支部の『ダンス ドゥ キャラクテール』(振付・金田和洋)は、チャイコフスキーを使った個性的な群舞作品。バレエというよりも体操やマスゲームに近いスポーティな感触がある。ユニゾンが多く、多人数が揃うことに振付家の悦びがあるのだろう。
最後はバレエ協会の貴重なレパートリー、リシーンの『卒業舞踏会』。例によって引き締まった仕上がりである。今年の女学院長と老将軍は、貞淑な井上浩一と円満な原田秀彦、気品のあるコンビだった。藤野暢央のスコットランド人はご馳走。第二ソロの堀口純がパートナー中島駿野との間にやや濃厚な愛を育み、海外に旅立つ鼓手アクリ士門、第一ソロの福田有美子が鮮やかな踊りを披露した。
福田一雄指揮、シアターオーケストラ・トーキョーがヴァイオリン・コンチェルトを含め、生き生きとした演奏で舞台作りに貢献している。(8月1、3日 新国立劇場中劇場) 『音楽舞踊新聞』No.2909(H25.10.1号)初出