日本バレエ協会『アンナ・カレーニナ』2014

標記公演評をアップする。

日本バレエ協会が都民芸術フェスティバル参加公演として、プロコフスキー版『アンナ・カレーニナ』を上演した。79年にオーストラリア・バレエで初演。各国のバレエ団が採用し、日本国内では同協会(92、98年)、法村友井バレエ団(06、09年)の上演がある。今回の監修は、法村友井の法村牧緒、振付指導は同じく杉山聡美が担当した。


プロコフスキー版の優れた点は、絶妙な場面転換(アンナ・ソロ後のラディカルな無音の幕切れ!)と、創意とユーモアにあふれる演出(握手から手に口づけへの移行、指輪のシークエンス、息子の「あれ誰?」を逸らすアンナ)にある。そこに高難度のパ・ド・ドゥ、豊かなキャラクターダンス、可愛らしい子役の見せ場が、物語の流れに沿って巧みに配置される。スケート・アンサンブルが団子から一気に四方へ広がるフォーメイションは振付家の闊達な性格の象徴。チャイコフスキーの叙情的な音楽も加わり、都民に優れた舞台芸術を提供する、本フェスティバルにふさわしい作品選択だった。


キャストは3組。主役のアンナには下村由理恵、瀬島五月、酒井はな、恋人のウロンスキーには佐々木大、アンドリュー・エルフィンストン、藤野暢夫の配役。初日の下村は、考え抜かれた緻密な演技、振付の機微に迫る精度の高い踊りが目を惹いた。特に二幕のパ・ド・ドゥは、下村本来の叙情的な味わいが全開した優れたアダージョである。アプローチの全てが身体化された訳ではないが、完璧を目指した果敢な舞台だった。パートナー佐々木はノーブルを意識してか、抑えた演技と踊り。下村をよく支えたが、もう少し情熱を見せても良かったかもしれない。


二日目マチネの瀬島は座長芝居の風格。ゆったりと構え、全てを引き受ける大きさがある。演技は自然体。自分の間で踊り、音楽をよく聴かせた。長身のエルフィンストンはノーブルな佇まい、これ見よがしのない演技、素直な踊りで、ドラマの輪郭を形作った。夫婦阿吽の呼吸が味わい深い。


最終回の酒井は、汽車を降りた瞬間から劇場全体の視線を一身に集める。マクミランの『マノン』や『ロミオとジュリエット』を踊ってきたドラマティック・バレリーナの本領である。舞踏会パ・ド・ドゥの前デヴロッペから仰け反り、素早く脚を降ろすシークエンスでは、激情の爆発を唯一表現。無音で歩く難しい幕切れも、完全に空間を支配した。その場を生きるエネルギーの強さ、磨き抜かれたラインによる鮮烈なアンナ造型である。対する藤野は立体的な役作りをする優れたパートナー。その情熱的資質は近衛騎兵大尉によく合っている。今回は演出の方向性もあるのか、やや控え目な表現だった。


アンナの夫カレーニンは妻を寝取られる高級官僚という難しい役どころ。森田健太郎、原田公司、小林貫太がそれぞれの長所を生かした役作りで健闘したが、法村友井バレエ団公演(新国立劇場)における、柴田英悟の鮮やかな記憶を払拭するには至らなかった。


ソリストでは、レーヴィン持ち役のノーブルな今村泰典、ダイナミックで華のあるエカテリーナの今井沙耶、切れ味鋭いロシアの踊りの末原雅広、美しいラインのパ・ド・シス今井大輔と、関西勢の活躍が目立った。また副智美、浅田良和、橋本直樹、小山憲の元Kバレエカンパニー勢も、プロらしい意識の高い踊りで舞台を支えている。


アンサンブル、立ち役、子役の全員が、生き生きとした踊りと演技でプロコフスキーの世界を形成。単一バレエ団の求心力には当然及ばないが、様々なメソッドのダンサーが心を一つにして舞台作りをする醍醐味を感じさせた。


演奏は江原功指揮、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団。初日は抑え気味だったが、最終回ではダイナミックな音作りでドラマを牽引した。(1月11、12、13日 東京文化会館) *『音楽舞踊新聞』No.2919(H26.2.21号)初出