東京バレエ団『ドン・キホーテ』2014

標記公演評をアップする。

東京バレエ団が創立50周年記念シリーズの一環として、ワシーリエフ版『ドン・キホーテ』全二幕を上演した。振付指導は01年の初演時にキトリを踊った斎藤友佳理。公演前にはワシーリエフ本人も来日した。斎藤は振付を舞踊譜に書き起こし、再演を重ねるうちに変化した箇所を見直す作業を行なった(プログラム)。全体にダンサーたちが自然体の演技で、伸び伸びと踊ることができたのは、斎藤指導の賜物だろう。


ワシーリエフ版の特徴はメルセデスエスパーダが終幕までカップルとして踊り継ぎ、キトリの友人がグラン・パのヴァリエーションも踊ることで、全幕を通して親密な雰囲気が保たれる点にある。ガマーシュなどは婚礼にも参加して、踊りを踊ったりする始末。斜めのラインを多用した切れ味鋭い男性群舞、子供キューピッドの可愛らしい背景舞踊も、振付者の闊達な精神を物語る。


主役キャストは2組。当初予定されていたオブラスツォーワとホールバーグが故障のため、同じボリショイ・バレエのアナスタシア・スタシュケヴィチとヴャチェスラフ・ロパーティンが初日と三日目を踊り、二日目をバレエ団の上野水香と柄本弾が踊った。スタシュケヴィチは小柄でよく動く娘役タイプ。安定した技術にエネルギーが宿り、きびきびと愛くるしいキトリだった。対するロパーティンは同じく小柄だが、端正で品のある踊りが一際目を惹いた。献身的なサポートを含め、ロシア派の粋を見た気がする。


一方、バレエ団組は大柄な二人。上野の持ち味である鮮やかな脚線、盤石のバランスと回転技、強力なエネルギーは、終幕のグラン・パで最も発揮された。その豪華さは上野の非凡な才能の証明でもある。ただし、踊りの輝かしさに比べると、役へのアプローチ、演技の点で物足りなさが残る。内側からの役作りは、喜劇においても重要ではないか。前日エスパーダを踊った柄本は、それをはるかに上回る完成度で、初役バジルを踊り切った。エネルギーの出し方が役に沿っている。若手とは思えないタフネス、芝居の軸となる落ち着き、責任感に改めて驚かされた。


脇役も充実していた。存在感あふれる高岸直樹のエスパーダ、ノーブルな木村和夫ドン・キホーテ、コミカルな氷室友、岡崎隼也のサンチョ・パンサ、ゆったりと構える永田雄大のロレンツォ。中でも梅澤紘貴のガマーシュは、初演者吉田和人の無垢なガマーシュ像にも比肩する出来。細かい芝居とノーブルな味わいを結び付けている(他日バジル配役)。


女性陣も多彩。メルセデス奈良春夏の気っ風の良さ、ジプシー娘高木綾の狂気、ドリアード女王渡辺理恵の美しいライン、キトリ友人川島麻実子の和風、河谷まりあの自然体、乾友子の安定感、吉川留衣の繊細な気品と、それぞれが個性を十全に発揮した。


ドリアード・アンサンブルは音楽的で情感にあふれる(バレエミストレス・佐野志織)。クラシカルな場面が以前よりも味わい深くなった。指揮はワレリー・オブジャニコフ、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。(9月19、20日 ゆうぽうとホール) *『音楽舞踊新聞』No.2940(H26.12.15号)初出