新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』2023

標記公演を見た(10月20, 21昼, 22夜, 27昼, 28日昼夜 新国立劇場オペラパレス)。3年振り10回目の上演である。今回は改訂振付の元ボリショイ劇場バレエ芸術監督 アレクセイ・ファジェーチェフが来日し、直接指導を行なった。最大の変化は脇役陣の演技。一分の隙もなく、同時多発芝居を遂行する。ガマーシュとロレンツォがこれほど密に絡んでいたとは。アンサンブルの動きも生き生きとリアルだった。

4年目に入った吉田都芸術監督(再任決定)は、この3年間ダンサーの世代交代を進めながら、キャスティングの組み合わせを様々に試みてきた。今回の主役5組は吉田監督の試行の結果と言える。さらにバレエ団の中堅や、自身がオーディションしたダンサーも適材適所で登用し、バレエ団の新たな陣容が明らかになりつつある。今季は経済上の理由で新制作はないが、選ばれたダンサーたちが旧作をどのように料理するか、期待が高まる。

主役のキトリとバジルは、米沢唯と速水渉悟、小野絢子と中家正博、池田理沙子と福岡雄大、柴山紗帆と井澤駿、木村優里と渡邊峻郁。米沢は1幕を即興的、2幕は完成度の高い古典様式、3幕は扇開閉グラン・フェッテなど技巧の粋を尽くす。速水と初めて組んだ前回よりも、意識的な役作りに思われた。対する速水は磨き抜かれた美しい踊りを披露、引き締まった舞台を見せる。高い跳躍は持ち味として、ピルエットの質の高さ、減速の柔らかさは比類がない。

小野は振付を音楽的にきっちり遂行する。小野の最大の美点である。おきゃんな娘役は手の内に入り、チュチュ姿には貫禄が滲み出た。正統派ダンスール・ノーブルの中家は、安定感のある万全のサポートで小野を自由に踊らせる。美しい踊りもこれ見よがしがない。ワガノワ流の美学だろうか。

福岡は隅々まで自分で考え抜いた演技と踊りを見せる。一つの一つの所作について、詳しく説明ができるだろう。パートナー池田との呼吸もよく練られ、極めて密度の高い舞台を作り上げた。最もドラマを感じさせた組み合わせである。その池田はまっすぐ福岡に寄り添う。ひたむきで爽やかなキトリだった。

柴山はすっきりと晴れやかなキトリ、井澤は大らかなバジルで、のどかな日常風景を描く。3幕はもう少し儀式性が望まれるが、二人の相性の良さは伝わってきた。終盤、井澤の一瞬の迷いは残念。木村はダイナミックで強いキトリ、渡邊は優男で尽くすバジル。長年のパートナーで呼吸は合っているが、相互的なコミュニケーションとは必ずしも言えない。二人の心からの丁々発止を期待したい。

ドン・キホーテの趙載範は茫洋とした大きさが特徴。初役の中島駿野は狂気ゆえの機敏な動きで、熱血の老人を描き出した。ドゥルシネアへの愛がよく伝わってくる。供をするサンチョ・パンサは3人。ベテランだが最も動きの激しい福田圭吾は、毛布投げの回転技に命をかける。角笛が取れないアクシデント(28日昼)も、空中で角笛を吹いて挽回した。初役の小野寺雄は素直で優しいサンチョ、同じく宇賀大将は可愛らしいサンチョだった。

ロレンツォは中島(駿)がピンポイントの演技を見せる。周囲とのコミュニケーションをよく心得て、1幕芝居の要となった。初役の清水裕三郎は男らしさを強調。キホーテの鎧や盾も重くなさそう。洗練と豪快が綯い交ぜになったベテラン演技だった。ガマーシュは奇しくも関西勢。奥村康祐は5回見たが、同じテンション、同じ痙攣動きを維持、純粋で真っ直ぐなガマーシュを演じた。ペトルーシュカ同様、憑依系アプローチだったのかもしれない。小柴富久修はもちろん動きの端々におかしみがある。当日のメヌエットは中家バジル、中島ドン・キホーテ、小柴ガマーシュで、ノーブルな脚捌きの勢揃いとなった。

キトリ友人はベテラン飯野萌子、五月女遥の踊りの巧さ、芝居心が圧倒的。成熟の極みにある。一方、新人の山本涼杏が古典の香気と、行き届いた演技で、初役であることを忘れさせた。ドーソン作品でも急遽代役にもかかわらず、度胸のある冒頭ソロを踊っている。3幕ヴァリエーションでもクラシカルで音楽的な踊りを披露し、今後に期待を抱かせた。

エスパーダは3人。ベテラン木下嘉人が熟練のマント捌きにマスタークラスのような体遣いを見せる。粋だった。別日バジルの井澤は、1幕の躍動感あふれる荒事風の踊りが圧巻。初役の中島瑞生は、山本隆之以来のフェロモン噴出。2幕ソロも大きさ、美しさがあり、ボレロファンダンゴ共々、スパニッシュ・ラインが鮮やかだった。3人の女性を惹き付けるが、特にカスタネットの原田舞子とは、濃厚な愛のドラマを立ち上げた。ボレロでは中島に加え、大きさのある渡邊拓朗、美しく切れの良い仲村啓の長身3人組が花開き、吉田監督の起用が実を結んでいる。

街の踊り子も3人。奥田花純はダイナミックな姉御肌。越し方を思わせる滋味も滲み出て感慨深い舞台となった。直塚美穂は明るいオーラで皆を取りまとめる町の人気者。中島エスパーダとは同志のような関係。柴山は美しい体捌きに強度のある踊りで、お手本のような踊り子。井澤エスパーダとは阿吽の呼吸だった。メルセデスの渡辺与布は人の好さ、益田裕子はきりっとした踊り、カスタネットの朝枝尚子は情念の深さ、原田は繊細な美しいラインで、それぞれエスパーダにアピールしている。

森の女王は3人とも初役。吉田朱里は涼やかで超越的、中島春菜はおっとりとした妖精、内田美聡は華やかな女王。今後の配役が楽しみである。キューピッドはベテラン五月女がマスタークラスのような踊り。五月女が教師なら、広瀬碧はチビ・キューピッドの面倒を見る幼稚園の先生、初役の廣川みくりはなぜか濃厚な役作りだった。

公爵夫人とロマの女王を交互に演じた楠元郁子と丸尾孝子が、舞台を外側から見守り有機的に結びつける ‟糊” の役割を果たしている。ベテランにしかできない技である。ロマの王には小柴と森本晃介。ぎりぎりになってブーツを履き、紐を結ばなければならない。のっそりとした存在感が秀逸だった。楠元と丸尾は世話女房風。

今回からトレアドールのナイフは柄立て(少し残念)。キトリのダイアゴナルでマントを振るトレアドールの一番奥では、同じようにガマーシュがギターを鳴らし、ロレンツォがテーブルクロスを振っている。メヌエット時にはカミテでロレンツォと女房も踊る。隅々まで楽しい細やかな演出だった。

指揮はマシュー・ロウと冨田実里、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。ロウは舞台との交感よりも音楽を追求するタイプか。オーケストラを高度にコントロールし、極めて質の高いミンクス他を聞かせている。冨田は従来のバクラン寄り。拍の強いメリハリのある音作りで舞台を大いに盛り上げた。