新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』新制作2014

標記公演評をアップする。

新国立劇場バレエ団の新シーズンが、新制作『眠れる森の美女』で開幕した。プロローグ付き全3幕、休憩を含めて3時間半のオーソドックスな版である。長年英国で活躍した大原永子新芸術監督は、新版を、英国ロイヤル・バレエの元プリンシパルで、オランダ国立バレエとENBの芸術監督を務めたウエイン・イーグリングに依頼した。


イーグリング版は英国系の流れを汲み、マイムを保存。リラとカラボスのせめぎ合いや、三幕キャラクテールの芝居に巧さが光る。新振付の一幕ワルツ、二幕王子のソロ(サラバンド使用)、三幕宝石のソロは品格があり、好ましく思われた。一方、プロローグの気品の精(二幕ガヴォット使用)の導入は、賛否を分けるかも知れない。ペロー原作(仙女8人)の反映、あるいはリラ中心のシンメトリー構図を意図したのだろうか。


また目覚めのパ・ド・ドゥ(間奏曲使用)は、アシュトンの気品よりもマクミランの情熱を思わせる振付だった。青白い闇の中、オーロラは寝間着を身に付け、最後はデジレと回りながら口づけをする。明らかにオーロラの性格から逸脱したイーグリングの強烈な一刷毛である。


トゥール・ヴァン・シャイクの青を基調とした衣裳は美的。ただし森の精の鮮やかな緑は、幻想的とは言えない。共に空間を作った川口直次の装置は豪華だが、天井があるせいか、空間の拡がりを感じられなかったのが残念。照明は新国立常連の沢田祐二が担当した。


バレエ団はビントレーの創作物から古典作品へ移行する過渡期にある。カラボスの本島美和、伯爵夫人の湯川麻美子、国王の貝川鐵夫、カタラビュートの輪島拓也の演技が、最も強い印象を与えたのは象徴的だった。


主役は4組。オーロラ姫は出演順に、米沢唯、小野絢子、長田佳世、瀬島五月(貞松・浜田バレエ団)。デジレ王子はそれぞれワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ)、福岡雄大、菅野英男、奥村康祐である。


初日の米沢は古典作品とは思えないほど、動きの生成感が強かった。振付・様式を一度咀嚼してから表に出している。様式は散文を詩に昇華する強烈な武器。今後も米沢の探究に期待したい。対する小野は、規範に対する意識が最も高いダンサー。ロイヤル系のアクセントを細かく刻んで、理想的なオーロラ姫を出現させた。「目覚め」の解釈も唯一、姫役からの逸脱を許していない。


長田は「目覚め」のみずみずしい音楽性、三幕ヴァリエーションの繊細さに本領があった。ただし、他の三大バレエで見せたロシア派の醍醐味を発揮するには至らず。本調子とは言えなかった。バレエ団側が初役揃いなら、ゲストの瀬島はオーロラを得意とする熟練者だった。ロイヤル系のコンパクトな動きで、主役の勤めを十分に果たしている。


ムンタギロフの優美、福岡のエレガントな凛々しさ、菅野は少し重かったが、精神性の大きいパートナー、奥村は森の場面のロマンティックな佇まいに優れる。「目覚め」のリスキーなサポートは福岡が成功させた。


カラボスの本島は、役に全人生を注ぎ込める境地にある。華やかさに内実を伴う得難い踊り手である。リラの精の寺田亜沙子はヴァリエーションの押し出しはまだ弱いが、演技に大きさがあった。


ソリストでは、ベテランの大和雅美がアメジスト、江本拓が猫、八幡顕光がトムで技倆を見せた他、新人の柴山紗帆が気品の精、井澤駿が青い鳥、加藤大和が猫で、持ち味を発揮した。また小口邦明の狼、小野寺雄のトム、池田武志のゴールドも印象深い。


男女アンサンブルは生き生きとした踊り。初日のばらついた舞台も、中日の驚くべきハプニングを経て、最終日には求心力のある作品へと成長を遂げた。指揮はENB音楽監督のギャヴィン・サザーランド、演奏は東京フィル。(11月8、13、15、16日 新国立劇場オペラパレス) *『音楽舞踊新聞』No.2940(H26.12.15号)初出