新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』2021

標記公演を見た(2月20日, 21日昼夜 新国立劇場オペラパレス)。イーグリング版『眠れる森の美女』は2014年初演。その後 17, 18年と再演され、本公演としては今回が4回目の上演となる。セルゲイエフ舞踊譜に端を発する英国版の流れをくみ、洗礼式の儀式性の高さ、雄弁なマイム、3幕キャラクターの演劇性が際立つ。間奏曲による「目覚めのパ・ド・ドゥ」、男女配役の宝石の精など、英国独自の伝統も受け継がれている。

プロローグの妖精は、リラの精を軸としたシンメトリーを築くため、ヌレエフ版、P・ライト版同様、6人が配されるが、新振付(気品の精)を加えたのは、イーグリング版のみ。初演時には物議を醸したものの、プティパ様式ゆえ、現在では当たり前のように踊られる。一方「目覚めのパ・ド・ドゥ」は、アシュトン、ウエストモーランドの古典様式、P・ライト(81年)のモダン寄りを経て、完全にモダンバレエのスタイルで振り付けられた。トゥール・ヴァン・シャイクの超美的な衣裳と共に、強烈なオリジナリティを古典中の古典に付与している。

本公演は元々「吉田都セレクション」として、ハンス・ファン・マーネン振付『ファイヴ・タンゴ』、デヴィッド・ドウソン振付『A Million Kises to my Skin』、バランシン振付『テーマとヴァリエーション』を上演する予定だった。コロナ禍のため、イーグリング版『眠り』に変更されたが、オーロラ姫を当たり役とした吉田監督の、鮮やかな采配を確認する結果となった。

シーズン開幕の『ドン・キホーテ』では、米沢唯、池田理沙子、奥田花純が踊り方を変え、吉田監督の方向性を示したものの、年末の『くるみ割り人形』は、手腕を振るう余地が少なく(配信の小野絢子・福岡雄大による2幕パ・ド・ドゥには指導の跡が見える)、年明けの「ニューイヤー・バレエ」はコロナ陽性者のため、無観客配信での上演となる。本公演でようやく、吉田イズムの浸透を、生の舞台を通して確認することができた。ベテランへの最後の味付け、中堅の技量向上、若手の抜擢がことごとく成功している。吉田チルドレンが次々と生まれる予感も。マイムの流れもより自然になった。

主役キャストは3組。初日の小野絢子は適役のオーロラ姫を、さらにグレードアップさせた。踊りが自分の矩を超え、今ここで動きが生まれたような生成感を纏っている。このため、小野の本質が剝き出しになり、観客は小野と共に生きられるようになった(鑑賞するのではなく)。優れた音楽性、精緻なパの遂行にも心が躍る。2幕幻影のジゼルのような儚さ、ナイトドレスでの目覚めの pdd は、本好き、引っ込み思案のタチヤーナを想起させた。所々、森下洋子のフォルムが見えたがなぜだろう。バレエの普遍へと身を投じる覚悟を、随所に感じさせた。

対する福岡雄大は、ノーブルで凛々しいデジレ王子。磨きのかかった美しい踊り、落ち着いたパートナリングにベテランの貫禄を見せるが、ふとしたところに新たな発見を加えて、新鮮な造形を心掛けている。

2日目夜の米沢唯は、キトリ時の動きの追求を一旦 脇に置き、役から動きを生み出す本来のアプローチに戻った。周囲との濃密なコミュニケーションはいつも通り。1幕の無垢な少女らしさ、ローズ・アダージョも盤石のバランスに支えられて、王子たちとの恥じらいを含む挨拶と化している。目覚めの pdd は、パートナー渡邊峻郁との呼吸が一致、慎ましやかな喜びにあふれた。3幕は舞台全体を受け止める風格がある。古典の感触よりもその場を生きることに力点のある、米沢らしいオーロラ造形だった。

対する渡邊はデジレの仁(ニン)。今回がまだ2度目のせいか、古典主役の必須条件である立ち姿、マイムにぎこちなさが残るが、モダンテイストの目覚めの pdd では、持ち味の情熱的なパートナー振りを遺憾なく発揮した。3幕 pdd での凛とした佇まい、踊りの鮮やかさに、美しいデジレの片鱗が見える。相手の動きや感情に無意識に応える体ゆえ、パートナーシップの相乗効果は大きい。

2日目昼の木村優里は、直前のパートナー変更がかえって奏功したようだ。目覚めの pdd では情熱的な踊りを披露、3幕アダージョでは、これまで淡泊だったパートナーとのコミュニケーションが正面から行われている。互いに見かわす顔と顔、が何とも微笑ましく、結婚の甘い喜びにあふれる。パートナー奥村康祐の、若々しい情熱の裏に隠されたベテランの包容力が、木村の自然な姿を引き出したのだろう。デジレ4回目の奥村は、青春の孤独、愛する人と出会った喜びを、瑞々しく真っ直ぐに表現する。品の良い甘さ、柔らかいマイムが、いかにも王子だった。

リラの精✕カラボスは研修所出身者で固められた。木村と本島美和の先輩後輩組は、パワフルな対決、細田千晶と寺田亜沙子の同期組は、息の合った繊細な駆け引きで善と悪を体現。木村の毅然とした強さ、本島の世界を揺るがす怒りの表出、細田の舞台全体を統率する気品ある佇まい、寺田の妖艶な悪の魅力と、それぞれ個性を発揮した。ベテラン本島は、はまり役を新たに生き直す独自の道を歩んでいる。

6人の妖精は中堅、若手を取り混ぜた充実のWキャスト。初日は玉井るい、柴山紗帆、飯野萌子、広瀬碧、奥田花純、横山柊子、二日目は廣田奈々、木村優子、池田理沙子、廣川みくり、五月女遥、中島春菜。中堅では飯野(寛容)、奥田(勇敢)、池田(寛容)の吉田イズム浸透が際立ち、若手抜擢はいずれも見る喜びがあった。横山(気品)の大らかな伸びやかさ、廣田(誠実)の繊細さ、木村優子(優美)おっとりとした明るさ、廣川(歓び)のきびきびとした踊り、中島(気品)の夢のような気品。また、リラの精お付きに多田そのかが加わり、優美な踊りで将来への期待を抱かせた。

対するカヴァリエは、大きく安定感のある小柴富久修を中心に、木下嘉人、中家正博、速水渉悟、原健太、中島駿野、浜崎恵二朗がノーブルスタイルを誇る。浜崎はローズアダージョでも、舞台に華やかな気品を加えている。

池田・奥村の可愛らしいフロリナ王女と青い鳥、同じく柴山・速水の古典パワー(速水の難技を簡単に見せる踊り方健在)、ゴールド木下の粋な踊り、宇賀大将・原田舞子の夫婦漫才風 猫、同じく 原と組んだ渡辺与布が美脚だったのに驚かされた。五月女・中島の赤ずきん組は盤石。井澤諒の晴れやかなトム、同じく小野寺雄はもう少し笑顔が望まれるが、切れの良い踊りを披露した。

国王はノーブルな貝川鐡夫、王妃は美しく愛情深い本島、同じく美しい関晶帆、カタラビュートは菅野英男があっさりと演じているが、同版初演はロックスターのような造形だったので、もう少し芝居を期待する。伯爵夫人は美しくサディスティックな寺田と、情に厚い渡辺、ガリソンは献身的で人の好い福田紘也。福田はノーブル味も出せるのでそれも期待したい。1幕村人のワルツは、初演時の気合をやや欠いている。『くるみ割り人形』花のワルツも同様だったが、優雅さを旨としたのだろうか。

冨田実里は3日間で4公演を指揮。東京交響楽団から奥行きと厚みのある音を十全に引き出し、舞台を力強く牽引した。