谷桃子バレエ団『海賊』2015

谷桃子氏の訃報を聞いた。谷さんの姿を最後にお見かけしたのは、昨年の9月4日。最愛のパートナーだった小林恭氏の葬儀の席だった。全身を振り絞るようにして弔辞を述べられた。美しく気品に満ちた外見からは想像もできないほどの激しい情熱の持ち主だった。舞台は拝見できなかったが、振付作品『ロマンティック組曲』は、『レ・シルフィード』を凌ぐ素晴らしさ。バレエ団のレパートリーに残して欲しい。
標記公演をご覧になっていたかどうか。もしご覧になっていたら、永橋あゆみの開花を喜ばれたことと思う。

谷桃子バレエ団が待望の新作を発表した。元キーロフ・バレエで活躍したエルダー・アリエフ改訂振付の『海賊』(全二幕)である。監修者イリーナ・コルパコワの強力な推薦によって実現した。


アリエフ版は間奏曲を含め、古典バレエらしい端正な音楽構成が特徴。プティパ振付を残しつつ、余計な枝葉を切り落として、コンラッドとメドーラの愛を中心に据える。一幕ハープとフルートによる叙情的な出会いのパ・ド・ドゥ、「活ける花園」での美しいアダージョ、二幕ハーレムでの切迫したデュエット、洞窟でのクラシカルな「海賊のパ・ド・ドゥ」。どれもが確かなドラマトゥルギーに則って配置されている。「花園」をコンラッドの夢とする設定は、『ラ・バヤデール』と共通、メドーラがジゼルのように去っていく夢の幕切れも、深い余韻を残した。アリエフの美意識、経験が隅々まで生かされた、血の通った改訂だった。


バレエ団はワガノワ仕様に変化。男女共、伸びやかなラインと明確な視線を身に付けて、空間を大きく使っている。バレエ団の長所である芝居心や、コール・ド・バレエの古風な娘らしさも失われていない。最大の成果は、プリマの永橋あゆみが可能性の全てを引き出されて、本来の姿へと辿り着いたことである。


連日メドーラを踊った永橋は、はまり役。美しいラインにエネルギーが宿り、明晰なパが踊りに強度を加える。アリエフの高度な要求によって、永橋の可能性の中心だった気品と豊かな感情の融合が実現された。初日パートナーの今井智也も、役の性根を的確に掴み、自分を超えた挑戦する踊りを見せた。終幕ソロ(通常アリのソロ)も凛々しいまま、コンラッドの踊りだった。永橋二日目のコンラッドは三木雄馬。初日はランケデムで出演したが(二日目は今井)、持ち味の正確で鋭い踊りは、コンラッドの方で発揮された。


もう一組は初日ソワレの檜山和久と佐藤麻利香。序盤は緊張気味で、ドラマを伝えるには至らなかったが、「海賊のパ・ド・ドゥ」で一気にはじける。佐藤のアダージョの気品、加速する回転技が素晴らしい。檜山は雰囲気のあるダンサーだが、コンラッドではなく、アリに見えたのが残念。


ギュリナーラはメドーラの身代わりとなる気の好い女性。連日出演の雨宮準は確かな技術もさることながら、コンラッドと逃げるメドーラを、哀しげに見送る姿が、抜擢の加藤未希は生き生きとした踊りが印象的だった。


イード・パシャ岩上純の音楽的で奇天烈な動き、同じく近藤徹志の太っ腹な滑稽味、芸術監督の齊藤拓を始めとする海賊たちのキャラクターダンスも、このバレエ団らしい味わいだった。


河合尚市は舞台に大きく寄り添った指揮で、東京フィルを牽引。弦、管ともに素晴らしく、間奏曲を堪能した。(3月21日昼夜、22日 東京文化会館) *『音楽舞踊新聞』No.2948(H27.5.1号)初出