牧阿佐美バレヱ団『ジゼル』『牧神の午後』2015

標記公演評をアップする。

牧阿佐美バレヱ団創立60周年記念公演第4弾は『ジゼル』。改訂振付は牧自身による。同時上演はドミニク・ウォルシュ振付『牧神の午後』(09年)。ロマンティック・バレエ、コンテンポラリー・バレエの両者が共に異界に取材する、絶妙なダブル・ビルだった。


『牧神の午後』はウォルシュのニジンスキー讃歌。おぼろ月夜に竹が二本、裸身の男が一人佇む。左肩を前にプリエ、前方に伸ばした右足を左手で掴む。ウォルシュが触発されたロダンニジンスキー・フォルムが、至る所で繰り返される。スタティックな平面動きのニジンスキー版が、動物的なエロスであふれるのに対し、ウォルシュ版は植物的な動きの連続。日本的美意識さえ感じさせる。ニンフのねっとりしたポアント運びは、花魁の歩行を思わせた。


牧神には、クラシカルに分節された肉体美を誇るラグワスレン・オトゴンニャム。なめらかな東洋の体が静かなエロティシズムを漂わせる。牧神仲間、元吉優哉とのデュオ、リードニンフの田中祐子との絡みも静謐。ベテラン田中の優れた振付解釈が、上演のバックボーンとなった。


牧演出の『ジゼル』は、マイムの保存、ワイヤー使用など、原点に遡る古典の風格がある。同時に、一幕アンサンブルでは闊達な男性舞踊を取り入れて、モダンでスピーディな味わいも加わった。


ジゼルはベテランの域に入った青山季可。一幕の明るく控え目な少女、二幕の愛情に満ちた霊的存在を、青山にしかできないやり方で生き抜いた。日頃からジゼルのように生きていると思わせる自然な佇まい。一幕ソロがこれほどまで、ジゼルその人によって踊られたことがあっただろうか。相手と常に真のコミュニケーションに努め、己を空しくするそのあり方は、主役の極北である。


アルブレヒトは菊地研。正攻法で真っ直ぐの踊り。役に全身全霊を捧げている。ヒラリオンはノーブルなオトゴンニャムが勤めた。ミルタの久保茉莉恵は、ウィリの女王としての冷徹さよりも、人間時代の熱い情熱を思わせる役作りで、舞台を大きく支配。ズルメ日高有梨の夢見がちなラインも印象深い。


ペザント・パ・ド・ドゥは織山万梨子と清瀧千晴。垢抜けた折り目正しい踊りで、存在感を示した。また、クーラント公の保坂アントン慶を始めとするマイム役が、わきまえた演技で舞台を大きく支えている。


指揮のウォルフガング・ハインツは、村人アンサンブルのテンポが速過ぎたものの、東京オーケストラMIRAIを駆使し、引き締まった音楽作りで舞台に貢献した。(10月15日 文京シビックホール) *『音楽舞踊新聞』No.2960(H27.12.1号)初出