牧阿佐美バレヱ団『リーズの結婚』2019

標記公演を見た(6月8, 9日 文京シビックホール 大ホール)。アシュトン版『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』(=『リーズの結婚』)は、1960年英国ロイヤル・バレエ初演。牧阿佐美バレヱ団では1991年に導入し、再演を重ねてきた。今年4月、新国立劇場バレエ団がアシュトン版『シンデレラ』(48年)を上演したため(牧阿佐美元芸術監督が99年に導入)、アシュトンの全幕代表作を続けて見る機会を得た。

両作とも、優れた音楽性、振付のクリスピーなアクセント、細かい足技が際立っている。英国風ウイット、パントマイム様式のトラヴェスティも共通。英国初の全幕バレエ『シンデレラ』では、上体の鋭い切り替えを伴う精緻なヴァリエーション、切れの良い幾何学的フォーメイションに、古典バレエに対するアシュトン独自の探求、実験性を見ることができる。

一方12年後の『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』は、英国フォークダンス(モリスダンス、ランカシャー木靴ダンス、メイポール)、リボンダンス、ボリショイ風のグラン・リフト、ダイナミックな男性ヴァリエーション、ブルノンヴィル風の足技と、振付語彙は多岐にわたり、カルサヴィナ指導によるマリインスキー版のマイムも加わる。これら全てを牧歌的な音楽(ランチベリー編曲、エロールに基づく)と、アシュトンの力みのない円熟の振付手腕が、一つの世界にまとめ上げた(参照: Julie Kavanagh, Secret Muses, faber and faber, 1996 / La Fille mal gardée ed. Ivor Guest , Dance Books, 2010 )。アシュトンの孫世代を代表する振付家 クリストファー・ウィールドンは、本作を「もっとも完璧に作り上げられた物語バレエ」と語っている(『ダンスマガジン』2019年1月号)。

4年ぶりの今回は、振付指導にウィーン国立歌劇場バレエ団バレエマスターのジャン・クリストフ・ルサージュが招かれた。シモーヌを中心とするパントマイムシーンが明快になり、雄鶏の動きが野性的になった(人間を攻撃する)。カーテンコールでは鶏5羽が激しく羽ばたいて、牧歌的喜劇の後味を濃厚にした。

主役はWキャスト。初日のリーズはベテランとなった青山季可。様式を重んじる古典的なアプローチで、鋭い音取り、アシュトン・アクセントの切れ味に、振付への深い理解が見える。カルサヴィナ・マイムも慎ましやか。パ・ド・ドゥでは透明感あふれる詩情に、格調の高さを滲ませた。対するコーラスは清瀧千晴。明るい好青年そのままに、跳躍の高さ、回転の大きさなど、ダイナミックなヴァリエーションで個性を発揮した。

二日目リーズはバレエ団の中核を担う中川郁。確かな技術に裏打ちされた温かみのある踊り、コメディ・センスに彩られた真実味のある演技で、明るく伸びやかなリーズを造形した。舞台に自らの全てをさらけ出せる、自然体のプリマである。

対するコーラスは、菊地研の怪我降板で急遽代役となった元吉優哉。2015年ドミニク・ウォルシュ振付『牧神の午後』(09年)で、ラグワスレン・オトゴンニャムの牧神仲間として、東洋的エロティシズムの体現者となった。今回は持ち前の美しい踊りを存分に発揮。対話のようなサポート、役を心得た演技も揃い、ノーブル寄りの二枚目青年を、中川リーズと同じく自然体で演じ切った。今後の活躍が期待される。

第三の主役、リーズの母シモーヌには、当たり役となった保坂アントン慶。アシュトン版『シンデレラ』で見せた義姉同様、愛情深い母親である。喜劇のツボを押さえた演技、女装役特有の懐の深さと愛嬌に、優れた音楽性が加わり、舞台を牽引する強力な要となった。

演技的にシモーヌの相棒となるアランはWキャスト。初日の細野生は、ピュアで美しい踊りにアランの心根が見える。踊りと演技につなぎ目のない純粋な造形は、長年にわたる経験の確かな裏打ちを感じさせた。保坂シモーヌとの阿吽の呼吸、不思議な交感は、見る者全てを幸福にさせる。二日目は初役の山本達史。まだ照れのようなものが見え隠れするが、ノーブルな踊りを軸に、金持ちの息子というキャラクターを浮かび上がらせた。

アラン父のトーマスには京當侑一籠。恰幅のよい、大らかな愛情を持つ父親で、二人のアランの股くぐりを鷹揚に受け止める。持ち前の明るく暖かいオーラが舞台を温めた。公証人の塚田渉、書記の鈴木直敏も、熟練の演技で脇を固めている。

アンサンブルは牧歌的というよりもやや洗練に傾いているが、音楽的によく揃い、バレエ団の特色を伝える。その中で、リーズ友人 日髙有梨のリーズを祝福する自然な笑顔、農夫 坂爪智来の溌溂とした演技が、アンサンブルをまとめ上げた。

指揮はウォルフガング・ハインツ。東京オーケストラMIRAIから、くっきりとした厚みのある音楽を引き出している。