7,8月に見たダンサー・振付家・俳優 2017

7,8月に見たダンサー・振付家・俳優について、短くメモしておきたい。


●柳下規夫&正田千鶴 @ 東京新聞「第44回現代舞踊展」(7月15日 メルパルクホール
共演したわけではなく、それぞれが作品を発表。柳下は踊ってもいる。柳下の踊りの特徴は、アーカイブ公演での『タンゴ』のように、きちっと粋に踊れるにもかかわらず、クニャクニャしている点。ニコニコ笑いながら踊る、というか、揺蕩っている。周りを囲むお弟子さん(女性のみ)は、柳下に対し信仰に近い信頼を寄せている。柳下を全面的に受け入れて、強固で柔らかな共同体を築く。それがそのまま舞台となり、観客は訳が分からないまま、不思議な空間に飲み込まれるのである。
一方正田は、明快な空間構成、フォーメイション、振付を誇るが、それが理屈から来ていないところが天才たる所以。本人も「どうしようもなくこうするしかない」と思っている、と思わせる。美的と言うには、あまりにも強度が高く、強い快感原則に従って創作していることが想像できる。正田作品に柳下が出たらどうなるだろう。いつものピカソ風のふっくらしたお弟子さん達の代わりに、屈強なアマゾネス軍団に取り囲まれたら。それでもヘラヘラ笑っているだろうか、それともビシッと決めまくるだろうか。


三津谷葉子新国立劇場『怒りをこめてふり返れ』(7月13日 新国立劇場小劇場)
千葉哲也の演出。俳優は一人を除いて、限界まで追い込まれていたが、その中で一番驚かされたのが三津谷だった。マニッシュな佇まいに、最初宝塚出身かと思った。しかしヅカ特有の癖がなく、キスシーンなどリアルに上手い。実際にその場で勝負していて、相手を見切るが、羽目を外さない。緻密な演技。検索すると、『相棒』でかもめ芸者(悪女)役を見ていたことが分かった。ローレン・バコールのような女優になるかも。名前が覚えにくいのが残念。


●池田理沙子&井澤駿 @ 新国立劇場「バレエ・アステラス」(7月22日 新国立劇場オペラパレス)
深川秀夫の『ソワレ・ド・バレエ』を踊った。初演時よりも一つ一つのパが明晰になり、池田は手一つ分伸びた印象。井澤との相性もよく、素晴らしい仕上がりだった。海外進出組よりもよいと思ったのは、芸術性が高く、これ見よがしでない点。海外組には逞しさや、アピールの強さという長所もあるのだが。その中で、ロシア国立クラスノヤルスクオペラバレエ劇場 金指承太郎の明るいバジルが印象的だった。


渡辺恭子&金子紗也 @ スターダンサーズ・バレエ団「SUMMER MIXED PROGRAM」(8月6日 新国立劇場オペラパレス)
バランシン手練の作品『ワルプルギスの夜』。男女主役(渡辺と池田武志)は白、ソリスト女性(金子)は薄水色、2人女性は薄紫、4人女性は紫、アンサンブルは赤紫、と色で階級を示す。アダージョの妙味、ソリストの技に加え、コリフェ、アンサンブルが揃う迫力は、バランシンならでは。特に髪を解いて全員ロングヘアーになった時の怖ろしさは、バッカスの巫女そのものだった。黒一点の池田は平気で踊っていたが。スタダンがバランシン作品で示す音楽性と生々しい感触は、他団の追随を許さない。渡辺はフランス系の明晰な脚技、金子はNYCB風柔らかな足使い。


●宝満直也 @ 佐々木三夏バレエアカデミージュニアカンパニー夏季公演 2017(8月9日 大和市文化創造拠点 シリウス芸術文化ホール)
公演は3部に分かれ、第1部は『ライモンダ』第二幕より、第2部は小品集、第3部は『日本神話』。宝満は小品集の一つと、『日本神話』の「天地創造」を振り付けている。が、振付そのものよりも、宝満の舞台でのあり方に強い印象を受けた。このところ『シンデレラ』の義姉(妹の方)や、『ジゼル』のウィルフリードで、一際目を惹くようになっている(これまでは隠れているように見えた)。舞台での生き方を見つけたのだろうか。昨秋の「Dance to the Future 2016 Autumn」における「即興」に、その萌芽はあったと思う。半ば呼吸していない精霊のような佇まいで、(動きのインプロに関しては)無力な米沢唯をケアしていた。「天地創造」のパートナーも米沢。伊邪那岐伊邪那美を演じる。米沢は神話にふさわしい無意識の大きさ、素直さ、愛らしさを見せる。黄泉の国での髪をふり乱した化け物ぶりも、米沢の一面。宝満は振付家として、またパートナーとして、米沢を隅々まで理解し、包み込んでいた。常に自分と対峙し、実人生の生きにくさを味わうアーティストの宿命を、二人は共有しているのはないか。そう思わせる親密なデュエットだった。ダンサー宝満の動きは美しく、滑らか。佇まいにそこはかとない色気が漂う。何かをあきらめた者特有の、つまりは玄人の色気。
公演には国内外で活躍するアカデミー出身者も登場。五月女遥(新国立劇場バレエ団)の美しいタリスマン・パ・ド・ドゥ、相原舞(ABT)の繊細な『パピヨン』、菅井円加ハンブルグバレエ団)の濃厚なライモンダとダイナミックな天之宇受売命、大谷遥陽(スペイン国立ダンスカンパニー)の大胆で明快な『ドリーブ・スイート』は、いずれも技術が高く、生き生きとした踊りが特徴。指導者の方針を窺わせる。


●伊藤範子 @ 谷桃子バレエ団附属アカデミー「第57回生徒発表会」2017(8月11日 大田区民ホール・アプリコ大ホール)
アカデミー芸術監督の伊藤は、古典改訂も行なったが、創作『子供の遊び』(音楽:ビゼー)でその特徴を全開させた。選曲の素晴らしさ、衣裳(大井昌子)の趣味の良さ、赤いリボンを数珠つなぎにして綾取りフォーメイションを作るなどの創意。振付は深い音楽性を基に、緻密な計算が施されている。フォーメイションを見るだけで喜びがあった。さらに徹底したスタイル指導。高等科ながら、全員が気品あふれる踊りを披露し、指導者の力量の証左となった。