Kバレエカンパニー『クレオパトラ』 2017

標記公演を見た(10月20日 東京文化会館大ホール)。演出・振付・台本は芸術監督の熊川哲也、音楽はカール・ニールセン、舞台美術デザインはダニエル・オストリング、衣裳デザインは前田文子、照明は足立恒という布陣。全幕物の新作は3年ぶりとなる。前作『カルメン』と異なるのは、全てを一から作り上げたこと。歴史上の人物、それもわずかな記録しか残されていない女性を主人公にし、さらにデンマークの作曲家、ニールセン(1865-1931)の楽曲のみで音楽構成を行なっている。
全二幕。第一幕(65分)は、クレオパトラと弟プトレマイオスの権力闘争、プトレマイオスポンペイウス暗殺、クレオパトラカエサルの出会い、プトレマイオスの死まで、第二幕(60分)は、クレオパトラカエサルのローマでの幸福な日々、カエサルの暗殺、クレオパトラの帰国、アントニウスオクタヴィアヌスの同盟(妹オクタヴィアとの政略結婚)、ブルータス処刑、アントニウスクレオパトラの恋、オクタヴィアヌスのエジプト遠征、アントニウスクレオパトラの死、を描く。
一幕前半のプトレマイオスクレオパトラの顔見世部分は、当然ながら舞踊が多い印象を受けた。ポンペイウスカエサル登場辺りから、ドラマは淀みなく流れ、最後まで一気呵成に見せる。特にカエサル暗殺と終幕の演出が素晴らしい。熊川の演出家としての成熟を感じさせた。振付はいつも通り音楽性に優れる。これまでシンプルで清潔なパ・ド・ドゥを得意としてきたが、今回はクレオパトラと神殿男娼、クレオパトラアントニウスなど、エロティシズムを追求する新境地を拓いている。ただし、クレオパトラはアイコンのような存在。メロドラマにはならず、周りの男性達を巻き込んだ歴史的活劇といった趣が強い。男性舞踊は例によって高難度、プトレマイオスには熊川自身を思わせる闊達なソロを、オクタヴィアヌスにはダンス・クラシックの手本のようなソロを与えている(それぞれバランシン、グリゴローヴィチへのオマージュを含む)。
熊川を魅了した『アラディン組曲』の行進曲は、序曲と終曲に使用された。エキゾティシズム、悲劇性、力強さの点で、クレオパトラの劇的な生涯を象徴するにふさわしい。序曲では、大階段に立つクレオパトラが様々な姿態を紗幕越しに見せる。終曲では、関わりのあった男たち(死者)に続いて、クレオパトラが大階段を登っていく。蛇のように身をくねらせた後、最後は毅然とした立ち姿を作り、仰向けに大階段から落ちる衝撃の幕引きだった。ニールセンの音楽は、抒情的なアダージョからパンチの効いた舞曲まで多彩。民謡的で懐かしさを感じさせるロマンティシズムが、統一感を与えている。
オストリングの美術は直線を多用した金色の枠組みに、紗幕のキュビズムのようなエジプト顔、カエサルの巨大横顔、ペルシャ絨毯、黄金の船が配される。物語の大きさに見合う格調の高さがあった。一方、前田の衣裳はリアル。クレオパトラの脚を見せる衣裳、装飾的なレオタードが印象的だった。
主役のクレオパトラには中村祥子(W:浅川紫織)。鍛え抜かれた体のライン、特に脚線が目を奪う。見せ方にこだわってきたダンサーならではの、形のきらめきがある。タフでハードな振付を難なくこなし、感情を出すのではなく、外見からクレオパトラのピースを埋めていくアプローチだった。アントニウスとの場面では一女性に戻ったが、直後の大階段登りでは、蛇の化身、さらに鋭く屹立するシルエットへと変わり、この愛も策略だったのかと思わせる。妖艶と言うよりも、ハードボイルドでスタイリッシュなクレオパトラ像だった。
弟のプトレマイオスは山本雅也(W:篠宮佑一)。小芝居をしないため、少年時代から王の風格がある。熊川の難しいステップを楽しそうにあっさりと踊り、大物ぶりを見せつけた。カエサルにはスチュアート・キャシディ。ノーブルな役どころを演じてきた蓄積が、悠揚迫らぬカエサル像に結実する。クレオパトラを愛するパ・ド・ドゥに豊かな包容力を感じさせた。
アントニウス宮尾俊太郎(W:栗山廉)は、キャシディと同じノーブル系だが、女官や道化風の案内人に絡まれる人の好さを見せる。クレオパトラとの愛のパ・ド・ドゥからは、大らかさや暖かさが伝わってきた。対するオクタヴィアヌスの遅沢佑介(W:杉野慧)は、研ぎ澄まされた踊りに優美なラインが息づくクールなスタイル。冷静で先見の明がある人物を現前させた。妹のオクタヴィアには矢内千夏(W:小林美奈)。男性顔負けの難度の高い振付を軽やかに踊り、ピンポイントの音楽性と感情に裏打ちされた演技で存在感を示した。
選ばれた神殿男娼 栗山廉のエロティックな踊り、案内人 酒匂麗の超絶技巧、クレオパトラのお付き(小林美奈、井上とも美、戸田梨紗子、浅野真由香)の技術の高さが素晴らしい。アンサンブルの音楽的統一はカンパニーの美点である。
編曲も担当した指揮の井田勝大が、シアターオーケストラトーキョーをダイナミックに率いている。舞台との一体感は専属オケならでは。