NBAバレエ団 『海賊』 新制作 2018

標記公演を見た(3月17,18日 東京文化会館大ホール)。国内で『海賊』全幕をレパートリーに持つバレエ団は、Kバレエカンパニー(熊川哲也版)と谷桃子バレエ団(エルダー・アリエフ版)。熊川版は、コンラッドとメドーラの抒情的パ・ド・ドゥ、アリの犠牲を演出の特徴とする、男性舞踊満載の活劇、アリエフ版は、「活ける花園」をコンラッドとメドーラ中心に新振付し、復元版の引用を含むロマンティック・スタイルの版である。今回のNBAバレエ版全二幕は、海賊とオスマン軍のバトルシーンを加えつつ、バイロン原作に遡る男女のドラマを描いた点に大きな特徴があった。演出・振付は芸術監督の久保綋一、作曲 新垣隆、音楽監修 冨田実里(指揮も)、振付助手 宝満直也、剣術指導 新美智士、スペシャルアドバイザー マーティン・フリードマン、照明 辻井太郎、音響 相馬保之、美術 安藤基彦、映像 立石勇人、衣裳 仲村祐妃子。
久保の台本は従来版とは異なり、メドーラが夫のコンラッドを家で待つ場から始まる。出陣するコンラッドとメドーラによる別れのパ・ド・ドゥも。一方、コンラッドに窮地を救われたギュリナーレは、コンラッッドに恋をする。メドーラの存在を知り一時は殺そうとするが、最後は二人の愛に打たれ、盾となって死ぬ。原作の最後は、メドーラの自害を知ったコンラッドが行方知れずとなるロマンティックな幕切れ。NBA版では、海の見える高台にギュリナーレのお墓を建て、コンラッドとメドーラが花を手向けて終わる。バレエ『海賊』としては、珍しく理にかなった終幕である。
もう一つの重要な演出は、従来立ち役のパシャ・ザイードが若返り、踊る役になった点。パ・ド・スクラヴはパシャとギュリナーレが踊り、メドーラはコンラッドとパシャという魅力的な男性二人を相手にする。コンラッドと女性二人の三角関係には『ラ・バヤデール』、キリスト教イスラム教の男性に翻弄されるメドーラには、ライモンダのエコーがある。冒頭の竪琴を弾くメドーラの姿は「ロマネスカ」の引用だった。
伝統曲を取り囲む新垣の音楽は、勇壮でドラマティック。海賊のライトモチーフには『ポロヴェッツ人の踊り』を思わせる騎馬のリズム、パ・ド・ドゥには抒情的なメロディを駆使して踊りを牽引する一方、現代的な味わいも作品に加えている。振付助手の宝満は、古巣の新国立劇場バレエ団等で様々な振付を行なってきた。語彙が豊富で、物語に即した振りを作ることができる。今回もクラシカルなパ・ド・ドゥからキャラクターダンスまで、登場人物の性格や感情をよく伝えていた。
主役はWキャスト。コンラッド、メドーラ、ギュルナーレ、パシャ・ザイード、アリ、ビルバンドはそれぞれ、初日が宮内浩之、峰岸千晶、佐藤圭、宝満、奥村康祐(新国立)、大森康正、二日目が高橋真之、竹田仁美、竹内碧、土橋冬夢、新井悠汰、安西健塁。初日は形で見せるタイプ、二日目は役を生きるタイプが組まれている。当然ながらドラマが立ち上がったのは、二日目だった。全体的にも初日の演技は硬く、音楽も薄く聞こえたのは、世界初演の重圧があったからかもしれない。そうした中、ビルバンドの大森が美しい踊りと的確な演技で、舞台に爽やかな風をもたらした。
二日目のメドーラ 竹田は、振付理解の点でずば抜けていた。これまでの蓄積を惜しみなく注ぎ込んだ入魂の演技。踊りの切れは言うまでもなく、竹内ギュリナーレとは火花の散るようなマイムシーンを繰り広げた。昨年、情熱的なジュリエットを踊った竹内は、今回もまたパトスのこもったギュリナーレを造形し、波乱にとんだ女の生涯を生き抜いている。コンラッドの高橋、パシャの土橋は共に、役に向き合った真摯な演技と良きパートナー振り。1月にJ・ベル作品でアリの正統派ヴァリエーションを披露した新井は、はまり役だった。主人によく仕えている。ビルバンドの安西も同じく。ダークな演技と切れ味鋭い踊りがぴったりだった。
女性も男性もしどころのあるドラマティックな版。初演とあってまだ詰めるべき点はあるが(バトルシーンの音楽性、「活ける花園」の古典性など)、一貫した物語、的確な舞踊シーン、オリジナル曲を持つ大きな骨格の『海賊』だった。
ロイヤルチェンバーオーケストラ率いる冨田実里は、機動力のある指揮ぶり。初日はダンサーを見過ぎているように思われたが、二日目は舞台と一体となる熱い音楽空間を作り上げた。