NBAバレエ団「バレエ・リュス・ガラ」2023

標記公演を見た(3月4日昼夕 新国立劇場中劇場)。NBAバレエ団ではバレエ史家の故薄井憲二氏監修のもと、バレエ・リュス・レパートリーを継続的に上演してきた。今回はその中から、フォーキン振付『レ・シルフィード』と『ポロヴェッツ人の踊り』(共に09年)を選び、間に団初演のバランシン振付『アポロ』(28年)を挟むトリプル・ビルを企画。勇壮な男性アンサンブル、たおやかな女性アンサンブルが見せ場を作る、バレエ団の美点を生かしたプログラム構成と言える。

フォーキン2作は、プティパ作品復元で知られた故セルゲイ・ヴィハレフのリステージング。『レ・シルフィード』はワガノワ再振付、『ポロヴェッツ人の踊り』はロプホフ再振付による。 今回はヴィハレフ演出をダンサーとして経験した バレエミストレスの峰岸千晶が指導を担当した。

幕開けの『レ・シルフィード』初日マチネは、マズルカ・野久保奈央、詩人・刑部星矢、ワルツ・勅使河原綾乃、プレリュード・別府佑紀、コリフェ・猪嶋沙織、鈴木恵里奈。昨年末『眠れる森の美女』でプリンシパルとなった野久保は、持ち前の技術の高さ、跳躍力を生かし、音楽的で繊細な空気の精を踊る。上体の柔らかさ、動きの自在さに加え、場をまとめる暖かなエネルギー、作品全体を見通す視野の広さが、プリンシパルの名にふさわしい。パートナーの刑部に対しても、胸に手を置くだけで気分を高揚させる 「気」 の力が感じられた。この役にしては少し笑顔が強過ぎるものの、全てを引き受ける風格がある。『眠り』で野久保の王子を務めた刑部もはまり役。ロマンティックな佇まい、パートナーを見守る懐の深さ、温かさで、詩人の憧憬を表した。

同日ソワレは、マズルカ・福田真帆、詩人・本岡直也、ワルツ・市原晴菜、プレリュード・渡辺栞菜、コリフェ・猪嶋、松本加奈。福田は後述の『アポロ』でもカリオペを踊り、次回公演『海賊』では、野久保、勅使川原と並んでメドーラを主演する期待の新星。美しく伸びやかなラインに肌理細やかな上体使いを特徴とする。対する本岡は涼風をまとうダンスール・ノーブルだった。両組とも、適役ソリスト、コリフェ、コール・ド・バレエまでよく指導され、同じ方向性を共有している。ポアント音なし、真っ直ぐで瑞々しい『レ・シルフィード』だった。

最終演目『ポロヴェッツ人の踊り』は、隊長率いる勇壮な男性群舞、情感あふれる囚われ女性群舞、奇矯な動きのポロヴェッツ少女群舞、同少年群舞が、エキゾティックな絵巻物を繰り広げる。マチネ隊長の新井悠汰は気の漲る踊りと美しいフォルム、ソワレの大森康正は勢いある踊りと無垢な味わいで、作品の核となった。

野性的な男性群舞は他団の追随を許さず。囚われ女性たちの深い哀感、ポロヴェッツ少女(鈴木恵里奈/大島沙彩)の狂ったようなアレグロ、仲間の少女たちのはち切れんばかりの元気な踊り、安西健塁率いる少年群舞の俊敏な跳躍と、ボロディンの音楽に密着した舞踊の数々に圧倒された。20世紀初頭パリの衝撃を想像させる野性的かつ高強度の舞台だった。

間に置かれた『アポロ』は、バランシンとストラヴィンスキーの蜜月の始まりを告げる新古典主義作品。ギリシャ神話の登場人物が、バレエ語彙にバランシン特有のフォルムを組み合わせた振付を踊る。なぜこのような動きを生み出したのか、理解を超える点にバランシンの天才がある。今回は現行通り、アポロ誕生シーンは省略し、アポロ・ソロ、3人のミューズとのパ・ダクション、それぞれのソロ、アポロとテルプシコレーのパ・ド・ドゥ、コーダ、アポテオーズと、古典的構成でまとめられた。振付指導は元 NYCB プリンシパルのベン・ヒューズによる。

初日マチネのアポロは髙橋真之。伸びやかな体躯に真っ直ぐな振付遂行で、真摯なアポロ像を造形した。対他的コミュニケーションよりも、動きへの集中が強い。一方ソワレの宮内浩之は、音楽解釈、役作りの点で、古典バレエのアプローチを採用した。ミューズたちとのパ・ダクション、テレプシコレーとのパ・ド・ドゥに情緒があり、ストラヴィンスキーがよく聴こえる。アポロ造形は古典的な気品を帯びていた。

カリオペの福田真帆は音楽的で伸びやかなライン、ポリュムニアの勅使河原綾乃はきびきびとコンパクトな踊り、テルプシコレーに抜擢された新人の山田佳歩は、やや幼い風情ながらも、すっきりとしたアン・ドゥオールに正確なパの遂行で、ミューズの要となった。次回『海賊』ではギュリナーレを踊る。三者ともマチネでは硬さが見られたが、ソワレでは生き生きとした情感が舞台に横溢。バランシン初期の傑作を見事に蘇らせた。

指揮は冨田実里、演奏はNBAバレエ団オーケストラ。情感豊かなショパン、ダイナミックなボロディンが舞台を大きく支える。指揮者愛好のストラヴィンスキーはマチネでは纏まらなかったが、ソワレで持ち直した。