新国立劇場バレエ団 『不思議の国のアリス』 新制作 2018 ①

標記公演を見た(11月2,4,7,11日 新国立劇場オペラパレス)。バレエ団にとっての2018-19シーズン開幕公演である。クリストファー・ウィールドン振付の『不思議の国のアリス』は、2011年英国ロイヤル・バレエで初演された(主演:カスバートソン、ポルーニン、ワトソン)。今回はオーストラリア・バレエとの共同制作。昨シーズンに上演済みの同団からは、二人のゲストが招かれている。
ウィールドン版の特徴は、原作者ルイス・キャロルの人生が作品に組み込まれていること。さらにアリスを思春期の少女に設定し、庭師=トランプのジャックとの恋物語を主軸としたことが挙げられる。原作のおませなアリスよりも感情豊かで自然な造形は、初演のカスバートソン由来だろう。幕開けはヴィクトリア朝のオックスフォード。クライスト・チャーチ学寮長のリデル氏と妻が主催するガーデン・パーティに、同カレッジ数学教師のキャロルも招かれ、アリスたち三姉妹の写真を撮っている。夫妻、個性的な招待客は不思議の国でも活躍。キャロルは白ウサギに変身し、アリスも誘われて穴の中へ。お馴染みの不思議な出来事が続き、目醒めると今度は現代に。学寮長公邸はカフェに、庭は公園に変わっている。キャロル=白ウサギの生まれ変わり男に、スマホで写真を撮ってもらうアリスとジャック。二人が去った後、生まれ変わり男がアリスの残した本『不思議の国のアリス』を手に取るという、粋な終幕である(台本:ニコラス・ライト)。
演出・振付のウィールドンは英国ロイヤル・バレエ学校から同団に入団。その後NYCBに移籍し、ダンサー兼振付家となる。NYCBの常任振付家を経て、英国ロイヤル・バレエのアーティスティック・アソシエイトというブーメランのような経歴。『アリス』では、英国人らしいウィットとディタッチメントに富む語り口、バランシンの大胆とアシュトンのスピードをミックスしたような群舞など、自らの才能と蓄積を遺憾なく発揮している。自分の内なる物語を作品に反映させるのではなく、外にある物語を様々な語彙を用いて的確に身体化する、言わば職人肌の振付家。アシュトン、チューダー、ダレル、マクミラン、イーグリング、ビントレーという、新国立劇場バレエ団英国バレエ導入の系譜に連なる。
ローテク色豊かなボブ・クローリー美術の楽しさ。カメラがくるくる回る、鞄が入り口になる、赤バラが一瞬にして白バラに変わる、ハートの女王の巨大スカートの中に王様が座っている。その度に客席から声が上がる。バックドロップに雲のようにたなびく「Where are you?」「 How are you?」「 Who are you?」の文字。最後に「?」が出て、イモ虫の煙管から立ち昇る煙だったことが分かる。イモ虫の脇腹にも「?」の刺青。またマッドハッタ―劇場のバックドロップはなぜかリデル邸で、屋根には黒烏(?)が息づいている。ハートのマークが至る所に刻印されるなど(現代のジャックの胸にも)、原作を反映した遊び心満載のため、その全てを見ることは困難だった。
ジョビー・タルボットの音楽が素晴しい。多彩な打楽器、鍵盤楽器金管楽器をフルに使用、音楽のみで『アリス』の世界を現出させる。一瞬ブリテンのエコーが聞こえたりするが、すぐに霧の彼方に。陰影に富んだメロディとリズムが、いつまでも耳に残って離れない。時計の針を刻む白ウサギのテーマ、空を飛ぶようなアリスとジャックの愛のテーマ、公爵夫人の怖ろしいテーマ、華やかな花のワルツ、トランプのハードな2拍子、クロッケーの5拍子ラテン、象の鳴き声のようなウサギの角笛など。リデル邸カフェの前で、現代のアリスとジャックが踊るパ・ド・ドゥの時空を超えた懐かしさは、音楽の持つ魔術的な力そのものだった(その直前、ジャックはイモ虫ベリーダンスのリズムをラジカセで聞いているのだが)。 ②はこちら