新国立劇場バレエ団『竜宮』2020

標記公演を見た(7月25日夜, 26日昼夜 新国立劇場オペラパレス)。今年の「新国立劇場こどものためのバレエ劇場」は、東京オリンピックパラリンピックに合わせて企画された 令和2年度日本博主催・共催型プロジェクトの一環でもあった。「日本の美」を内外に発信する一大プロジェクトながら、コロナ禍のため、本体のオリンピック・パラリンピックは中止。来日観客へのアピールは叶わなかったが、2月27日以降閉じていたオペラパレスの再開にふさわしい、寿ぎのバレエが誕生した。

ただ残念なことに、公演4日目の29日に劇場勤務の業務委託者1名の感染が判明し、残り 30、31日の公演は中止となった。観客とは接しない業務とのことだが、観客の「安心・安全を最優先し、万全の感染予防策を講じるため」に苦渋の決断をした模様だ。劇場はすでに、体温検査、手の消毒、観客自身によるチケットもぎり、市松模様の座席指定、フォワイエの密集防止など、できる限りの対策を行っている。今後も薄氷を踏むような公演形態が予想されるが、無事に来季開幕が迎えられることを期待したい。

『竜宮』全2幕の演出・振付・美術・衣裳デザインは森山開次。15年・18年の『サーカス』(新国立劇場)、17年・18年の『不思議の国のアリス』(神奈川県芸術劇場)、19年の『NINJA』(新国立)と、子供の観客を視野に入れた作品が続く。今回は新国立劇場バレエ団出演のバレエ作品のため、振付補佐に湯川麻美子、貝川鐡夫が入った。作曲・音楽製作は松本淳一、照明は櫛田晃代、映像はムーチョ村松、音響は仲田竜太という布陣。

日本の繊細な美にポップな味わいを加えた美術・衣裳、和洋を横断する的確な演出・構成が、森山の才能の在り処を示す。松の木や蓬莱山の書割、満月を使っためくり、寄せては返す波や、東屋と共に動く亀甲紋の床面プロジェクションマッピング、さらに亀の姫の亀甲紋チュチュ、明神となってからのマットな金のチュチュ(縄飾り付き)が素晴らしい。

副題は「亀の姫と季(とき)の庭」。通常流布する『浦島太郎』に、竜宮での四季の庭や、玉手箱を開けて年老いた太郎が鶴に変身する『御伽草子』由来のエピソードが加えられている。森山はこの作品を「時の物語」と捉え、狂言廻しとして「時の案内人」を新たに設定した。時計を見つつ、時を動かす役どころで、『不思議の国のアリス』の白兎を想起させる。さらに、その白兎自身をも登場させ、亀の姫との徒競走に臨むエピソード(イソップ寓話)を加えた。中止になったウィールドン版『不思議の国のアリス』との、ほのかな連携を思わせる。

振付はダンス・クラシックが基本だが、魚のディヴェルティスマン(1幕)のキャラクター・ダンス、季の庭ディヴェルティスマン(2幕)の日本的所作など多彩。年老いた太郎を三番叟に擬え、黒色尉の面で鈴の舞を舞わせる場面には、森山の蓄積が滲み出る。雪の花婿の前傾摺り足歩行は、鈴木メソッドだろうか?

ただしバレエ作品として見た場合、主役のパ・ド・ドゥがシンプルに思われる。ダンサーにとっては5ヵ月ぶりの舞台であること、また濃厚接触を避ける意図があったのかもしれない。

開幕前から流れる不思議な音階ととぼけた効果音が、物語の空間を作る。笙、篳篥、琵琶、琴などの和楽器に、洋楽器を組み合わせた音楽、さらに口笛、地声の女声合唱、電子音が加わり、場面ごとの流れを的確に指し示す(所々指し示し過ぎの感あり、もう少し踊りに任せても)。琉球音階の採用は、柳田國男経由だろうか。

主役は3組。米沢唯と井澤駿のプリンシパルカップルは、本当なら『マノン』を踊っていたはずだった。お伽話というよりも、神話のようなスケールを見せる。米沢は登場時から異界の生き物。磨き抜かれた身体に、日本的な妖怪のニュアンスが滲む。ゴールドのチュチュに変わると、一気に神域へと至り、抑制された輝きで、ゆったりと人々を祝福する女神となった。対する井澤は、漁師姿が今一つ馴染んでいなかったが、季の庭の踊りに加わる際には、スサノオの破壊力を見せる。鈴の舞の力強さ、鶴の舞の大きさに、米沢と同格の神位を窺わせた。

池田理沙子と奥村康祐は、お伽話の世界に寄り添い、振付家の意図を具現化した。池田の芯のある可愛らしさ、物語を的確に読み取り、観客の感情を自然に導く力がある。奥村はやんちゃで元気のよい若者。口笛がよく似合う。周囲とのコミュニケーションに長け、共に踊る喜びにあふれた。池田が奥村を乗せた小舟を曳く場面(白兎との徒競走だが)の情愛あふれる歩行・泳ぎ?が忘れられない。

木村優里と渡邊峻郁は、バレエ作品としてのスタイルを遵守した。木村はプリマとしての枠を逸脱せず、チュチュ姿でのゴージャスな感触、ダイナミックな脚のラインで、舞台を支配した。一方の渡邊は日本的情緒があり、髷姿も板についている。典型的な二枚目で、鶴の舞では、鋭い色香を四方に放った。米沢と組む場合には、濃厚な和物バレエになったかもしれない。

時の案内人はWキャスト。お道化た貝川鐡夫(体の切れ!)と正統派の中島駿野が、中腰、摺り足で、時を動かす。妖艶な竜田姫、妓楼風のタイ女将は、ベテランの本島美和、寺田亜沙子、細田千晶が担当。細田の日本的な儚さが印象深い。竜田姫は一つの謎として、子供たちの記憶に刻まれることだろう。

魚のディヴェルティスマンでは、エイ、フグ、タツノオトシゴ、タイ、金魚、イカ、アジ、サザエ、ウニ、タコ、マンボウ、クラゲと並ぶなかで、サメが踊りの見せ場を作る。井澤諒の美しさ、福田圭吾の音楽性、木下嘉人の鋭さ、速水渉悟の骨太の踊りが揃った。対する季の庭ディヴェルティスマンは、春の天女、夏の織姫と彦星、祭り男、秋のどんぐり、竜田姫、冬の雪の花婿・花嫁。それぞれに味わい深く、日本の四季を堪能できる。織姫の柴山紗帆と彦星の木下が、クラシカルな美しさで、年に一度の甘い逢瀬を描き出した。

波の男女アンサンブルは、時々アジになったりしながら、寄せては返す悠久の時を刻んでいる。女性陣の丁寧な脚の運び、男性陣の逞しいリフトが5ヵ月の舞台ブランクを感じさせなかった。小野絢子、福岡雄大の看板カップルが不在ながら、ほぼ全団員が揃った充実の復帰公演だった。