NBAバレエ団『ラ・フィユ・マル・ガルデ』2022

標記公演を見た(7月9日昼夜 新国立劇場 中劇場)。併演はティペット振付『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番』。ニジンスカ版『ラ・フィユ・マル・ガルデ』は、2010年バレエ団に導入された。舞踊史家で顧問だった故薄井憲二氏の監修による。翌年再演、今回は11年振り3度目の上演である。演出・再振付は初演時と同じ、元 ABT 、デンマーク王立バレエ団プリンシパルで、バレエウエスト、ボストンバレエ団芸術監督を歴任したブルース・マークス、振付アシスタントは、フィラデルフィアバレエ団副芸術監督のサマンサ・アン・デンスターが担当。今年85歳のマークスはデンスター共々、にこやかな笑顔でカーテンコールに応えていた。

ニジンスカ版は1940年、バレエ・シアター(後のABT)の開幕シーズンに初演された。リリアン・ムーアによれば、ボリショイ系のモルドキン版(37年)を踊ったルシア・チェイス、ディミトリ・ロマノフ、振付のニジンスカが、共同でスコアを検討し、パントマイム部分を再考したという(Ivor Guest, La Fille mal gardée, Dance Books, 2010 / The Dancing Times, 1960/ p. 80)。サンクト・ペテルブルク版(音楽:ヘルテル)を多少覚えていたニジンスカは、後から挿入された音楽を削除し、ダンスを再振付した。その後本作はタイトルを変えながらレパートリーに残る。1953年にはロンドンのロイヤルオペラハウスでも上演された(アシュトン版は1960年初演)。

マークスの再振付が加わった現行版は、コミカルで細やかなマイム(含結婚マイム)にバットリー、アン・ドゥダン回転を多用する、19世紀の香り高いヴァージョンだった(ドーベルヴァル初演は18世紀)。マークスはデンマーク人の妻トニ・ランダーと共に、デンマーク王立バレエ団に一時期所属している。ブルノンヴィル・スタイルの習得が、演出・再振付に磨きを掛けたとしても不思議ではない。足技の清潔な切れ味、マイムの真実味にその効果が際立っていた。

1幕2場リーズとコーラスのPDDアダージョでは、『ジェンツァーノの花束』風顔そらしを見ることができる。コーラス Va も繊細な仕上がり。2幕終盤、リーズとコーラスのシモーヌに向けた懇願アダージョも素晴らしかった。シモーヌはコーラスがマイムで結婚の許しを求めると拒絶、膝に抱きついて懇願した途端、二人を許す。シモーヌはアランにも腰に抱きつかれたり、嵐の場でスカートに入られそうになるなど、母性的な女らしさが強調される。一方、箒をぶん投げたり、トーマスを殴ったりと、トラヴェスティならではの荒々しいふるまいも忘れなかった。

主役のリーズはWキャスト。初日マチネと二日目は勅使河原綾乃、初日ソワレは野久保奈央、コーラスはそれぞれ二山治雄、新井悠汰、アランは孝多佑月、シモーヌはそれぞれ古道貴大、刑部星矢、トーマスは三船元維である。マチネ組はすっきり爽やか、ソワレ組は情熱的で破天荒、それぞれ個性を生かした組み合わせだった。

勅使河原は適役。芝居も自然で、風が吹き抜けるような爽やかさがある。足技、回転技は美しく楽々、特にアン・ドゥダン回転の巻き付けが鮮やかだった。対するコーラスの二山は、意外にも男らしい演技。踊りは神がかっている。バットリーの正確な美しさ、回転技の完璧なコントロール、マネージュの疾走感が素晴らしい。テクニシャンの二人ながらこれ見よがしなく、役の踊りに徹っする清潔感があった。二人の仲を割るつもりのないアランは、献身的な孝多が務めた(マチネは髙橋真之の代役)。人の好さが演技の端々からにじみ出る。満面の笑顔に引き込まれた。虫取り網、鍵のソロとも役になり切っている。シモーヌの古道はすっきりと美人風の造り。1幕トーマスとのパ・ド・ドゥでは楚々とした女らしさを披露した。トーマスの三船ははまり役。無表情、大きさ、重さがトーマスそのものだった。

ソワレのリーズ、野久保はオールラウンダー。普段の笑顔からコメディ向きを思われがちだが、パトスの深さは終盤の懇願アダージョで証明されている。コボー版『シンデレラ』においても感情は全方向に開かれていた。その場でのコミュニケーションを大事にし、周囲と観客を巻き込んでいく。すでにプリマの風格。踊りは限りなく柔らかく自在。4、5回ピルエットしてからのグラン・フェッテは4回転もあったが、技術を見せるのではなく、観客への捧げものになっている(アナニアシヴィリのように)。コーラスの膝を足でつついたり、膝に抱きつくコーラスの頭を叩いたり、ユーモア表現もピンポイントだった。対するコーラスの新井は真っすぐで献身的。舞台に全てを捧げている。マネージュの伸びやかさ、端正な踊りが、涼やかな風を舞台にもたらした。

シモーヌの刑部は華やかで破天荒。野久保リーズとエネルギーの点で見合っている。この母にしてこの娘あり。愛情深さは持ち味だろうか。箒投げ、トーマス殴り、タンバリン叩きの激しさ。トーマスとのパ・ド・ドゥ最後で、がっぷり四つに腕を組み、互いにリフトしつつマネージュする場面では笑ってしまった。三船とも息が合っている。

同版オリジナルのゴシップガール、公証人、公証人アシスタントの芝居も行き届いた仕上がり。リーズ友人たちの繊細で香り高い踊り、安西健塁率いるコーラス友人たちのダイナミックな踊りが、バレエ団の地力を明らかにした。

併演の『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番』は、4組のカップルを中心とした闊達なシンフォニックバレエ。抒情的なアクア(㋮猪嶋沙織=伊藤龍平、㋞須谷まきこ=大森康正)、ダイナミックなレッド(浅井杏里=刑部星矢、浅井=本岡直也)、格調高いブルー(竹内碧=宮内浩之、福田真帆=三船元維)、華やかな技術を誇るピンク(山田茉子=孝多、山田=柳島皇瑶)と、それぞれの個性を楽しむことができた。福田を始め、新人が実力発揮できる指導が行われている。