阪本順治『一度も撃ってません』2020

標記映画を見た(7月6日 TOHOシネマズ池袋)。阪本順治監督の新作。尚かつ、同映画館の開館4日目だった。キャストは、作家:石橋蓮司、その妻:大楠道代、友人:岸部一徳桃井かおり、編集者:佐藤浩市、ほかに豊川悦司江口洋介妻夫木聡といった個性派が並ぶ。桃井を除くと、阪本組。過去の阪本映画での体を張った演技が思い出される。

桃井を藤山直美に変えると、『団地』(2016年)の2組の夫婦と同じ。岸部、藤山が演じる 息子を亡くした漢方薬剤師夫婦の、宇宙人を交えたファンタジーだが、それを脇で支えた石橋、大楠夫婦が、今回は売れない作家と元小学校教師となって、老年ノワール風ファンタジーを紡ぐ。脇に岸部と桃井を従えて。

石橋はプログラムのインタビューで「一つの群像劇だと思っているんです・・・登場人物全員にドラマがあってね。誰をピックアップしても一つの話になるけれど、今回は、俺の話だと。そんな意識でやっていました」と語る。確かに脇役風 引きの演技が随所に見られるが、企画の発端は石橋の主演作を作ることにあった。石橋と桃井は『あらかじめ失われた恋人たちよ』(1971年 日本ATG)で初共演、原田芳雄邸でよく顔を合わせた間柄と言う(『あらかじめ』は清水邦夫田原総一郎の共同監督、2本立て上演で見たが、桃井の記憶しかない。当時は、桃井がロイヤル・バレエ・スクールに留学するも挫折、といったことは知らなかった)。

『顔』(2000年)での藤山、中村勘九郎(五代目)、『団地』での藤山には、伝統芸能の型があり、阪本演出との摺り合わせに敏感だったが、桃井はインプロ派。監督の意図を突き抜けるアドリブが、役者としての命である。今回の登場シーンは、いきなり桃井節が炸裂し、どうなることかと思ったが、阪本が手綱を引き締め、その深い愛情に桃井が反応して、自分の引き出しを全開にした。「富士そば」のおばさん、喫茶店での素朴な中年女性に、桃井の愛らしさが見える。

常連組は、常に慎ましく存在し、阪本現場にいる幸福を味わっている。一つ一つのショットが、自らを輝かせることを知っているから。役者に注がれる眼差しの深さは、阪本演出の特徴である。今回はノワール風の枠組みながら、いつも通り男女隔てなく、老いの細部に至るまで視線を届かせている。役者への愛情、世界を切り取る際のストイシズムが画面に滲み出て、それを見るだけで慰撫され、自分が肯定された気持になる。阪本監督の生き方、在り方に勇気づけられるのだろう。

阪本監督とは同世代だが、若い世代は桃井節をどう思うのか、阪本監督の分身 佐藤浩市のていたらくをどう見るのか、「野坂じゃなく、五木だけど」のギャクは分かるのか、などを思う。また豊川悦司はエンドロールで知った(分からなかった)。さらに佐藤と寛一郎柄本明柄本佑の2親子が出ている。