東京バレエ団『眠れる森の美女』新制作 2023

標記公演を見た(11月11, 12, 18日 東京文化会館 大ホール)。つい20日前に、同じく新制作でコンテンポラリー色の強い創作全幕『かぐや姫』を初演したばかり。10日間しかスタジオを使えなかったとのことだが、バレエ団 OG・OB、学校生を含む大所帯の古典全幕を、完璧なスタイルで仕上げている。

新演出・振付は芸術監督の斎藤友佳理。演出・制作コンセプトはニコライ・フョードロフ、舞台美術はエレーナ・キンクルスカヤ、衣裳デザインはユーリア・ベルリャーエワ、照明は喜多村貴という布陣。後三者担当のビジュアル面は、オーソドックスで調和が取れている。長めで張りのあるチュチュは優雅で古風。独特なのが緑と水色を合わせたドリアード・チュチュ。水の精との掛け合わせだろうか。繊細な照明が音楽と呼応して、観客を無意識のうちに物語世界へと誘った。

斎藤版の特徴は19世紀への眼差し。柔らかい腕使い、繊細な脚捌き、無音のポアント行使が、優美な舞踊スタイルを実現する。伝統的マイムは控えめながら、意味を考え抜いた緻密な演技を連ねて物語を運ぶ。共にプティパ・バレエの正統的解釈と言える。新振付は通常改訂よりも多いが、スタイルの統一ゆえに新奇な印象は与えなかった。新旧ヴァリエーションにおいて、古典技法の基礎がミリ単位で徹底されたことも、大きな美点となっている。

主な新振付は、まずプロローグの妖精たちのヴァリエーション。プティパ振付の変奏で難度が高い(リラの精はロプホフ振付を踏襲)。1幕村人のワルツは、女性8人が花籠、男性8人が花輪、少女8人が花綱を携え、さらに女性8人が加わって、多彩なフォーメーションを描く。ワルツ拍はあまり強調せず、優雅さを重視。2幕前半は鬼ごっこサラバンドファランドールとコンパクトに。サラバンドはデジレ王子と公爵令嬢のバロック・ダンスから、王子の憂愁のソロ、再び令嬢との踊りへと戻り、王子の心情を明らかにする。ファランドールは1人の女性と5人の男性村人が、回転技の多い闊達な踊りで王子の心を慰めた。

2幕幻影の場では、オーロラ姫の幻影とデジレ王子の触れ合わないアダージョが、通常よりも厳格に振り付けられた。二人の間にリラの精、ドリアード、リラの精のお付きが入り、要塞を築く。手の届かないオーロラに、デジレはグラン・ジュテで後を追い、恋心を募らせる。オーロラのヴァリエーションは、リラが先導し、オーロラが続いて踊る形となった。3幕宝石の精は、ダイヤモンド、サファイヤ、金、銀に、カヴァリエのプラチナ4人が加わる新趣向。ダイヤモンドのヴァリエーションは全身を四方に飛ばすハードな振付、プラチナは金の曲で跳躍の多いノーブルな踊りを披露した。

演出面では、プロローグ、1幕の間奏に、2幕の交響的間奏曲を使用したことがまず挙げられる。シモテでは、カラボスが手下と共に糸を繰り出し、巣を作る様子、さらに黒マントを手下に被せ、1幕の手筈を整える様が、紗幕越しに描かれる。少し遅れてカミテでは、カタラビュットの従僕2人が、糸紡ぎ針を持っていないか、村娘を検査。針を取り上げ、代わりに花籠を渡す。最後はカタラビュットに山盛りの糸紡ぎ針を報告、紗幕を上げて、1幕村人のワルツへと続ける。終盤のオーロラが針を刺す場面では、番兵が黒マントの影武者を槍で追いかける間に、カラボス本人がオーロラに針入り花束を渡す演出だった。両者とも仕込みが生きている。

2幕パノラマでは初演装置を復活させ、白鳥の小舟に乗ったデジレとリラが、動く森を縫うように進んでいく。歌舞伎の道行と共通する舞台芸術の醍醐味と言える。周りをお付きがヒラヒラと舞うのは斎藤のこだわりだろう(アシュトンの『夏の夜の夢』を想起)。オーロラの目覚めを、デジレのキスだけでなく、リラの力を必要としたことは、独自の解釈である。間奏曲で二人が踊り、オーロラが父母を起こす流れだった。

3幕ではディヴェルティスマンを仮面舞踏会の趣向で見せる(本来はそうだったか)。カタラビュットの従僕2人がタペストリーを担いで左右に移動すると、その裏で、宮廷男女が猫や青い鳥や赤ずきんに変身するという仕掛け。親指小僧とその兄弟と人食い鬼も登場し、幼い生徒たちの生き生きとした踊りに心和まされた。アポテオーズはリラの精が正しく奥に位置し、世界を祝福するが、装置の関係で上階の席からは見えなかった。

主役は3組。初日のオーロラ姫は沖香菜子、デジレ王子は秋元康臣。沖は光輝く姫だった。伸びやかなラインに繊細な表情が宿り、きらめきを発散する。秋元は端正な踊りに古典の風格を示した。二日目は秋山瑛と宮川新大。秋山は続けざまに新制作の主役を踊ったことになる。1幕はやや動きすぎに思われたが、2幕幻影の情感が素晴しかった。ロマンティックな王子 宮川との間に無垢な空間が広がる。ジゼルとアルブレヒトシルフィードとジェイムズに似た、ロマンティックな森が出現した。3組目は金子仁美と柄本弾。金子は落ち着いた姫。一点一画をゆるがせにしない技術に華やかなオーラがあった。柄本は血の通った ‟役の踊り” を見せる。大きく暖かい存在感で舞台を牽引した。

カラボスは男女配役。王子も踊った柄本は、腰の曲がった老婆を強烈な存在感で演じている。対する伝田陽美は、活発な勇気の精、大胆なダイヤモンドの精と踊り継いで、カラボスに至った。小刻みに動く老婆の面白さに惹き込まれる。芝居心、ユーモア、音楽的マイムの揃ったカラボスだった。二人は今夏のハンブルク・バレエ団「ニジンスキー・ガラ」で、ベジャールの『バクチⅢ』を踊っている。

リラの精は政本絵美、榊優美枝。政本は大きくゆったりと世界を統括。愛情深さもあっさりと、踊りに隙がない。榊は夢見るような優美さで、いつの間にか世界に浸透する。ヴァリエーションは吸い込まれる感触。共に技術が高い。妹の妖精たちも難度の高いヴァリエーションを、基礎に忠実に、しかも雄弁に踊っている。

青い鳥とフロリナ王女は、生方隆之介と中島映理子、池本祥真と足立真里亜。前者は華やかなスタイル、後者は技巧の高さで客席を魅了した。中島はダイヤモンドでも美しいスタイルを披露している。芸達者揃いのディヴェルティスマン陣のなかで、目を見張ったのは、後藤健太朗の長靴を履いた猫。これほど可愛らしい雄猫は見たことがない。愛される猫だった。

国王の中嶋智哉は威厳、安村圭太は華やかさで、王妃の奈良春夏、大坪優花は優しさで、カタラビュットの岡崎隼也は品格ある心得たマナーで、鳥海創は少し恥ずかしそうに、宮廷を運営した。求婚の王子たちもノーブル揃い。眠ったオーロラを担ぐのは、同じくノーブルなカヴァリエ(リラのお付き)たちだった。

指揮はトム・セリグマン、演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。初日はたっぷりとしたテンポで、一つ一つの踊りを見切ることができた。二日目以降は通常のテンポに戻ったが、重厚で華やかな音楽を響かせている。