日本バレエ協会『眠れる森の美女』2021

標記公演を見た(3月6日 東京文化会館 大ホール)。今年の都民芸術フェスティバル参加公演は、『眠れる森の美女』を コンテンポラリーダンスクラシックバレエで踊るダブルビル。コロナ禍の制約「密にならない」を逆手にとった 斬新な企画である。コンテンポラリー版『眠り』は、振付・構成・演出:遠藤康行、美術:長谷川匠、音楽監修:平本正宏、衣裳:朝長靖子、バレエ・ミストレス:梶田留以、アシスタント:原田舞子。クラシック版(第3幕)は、振付・構成・演出:篠原聖一、振付補佐:下村由理恵、バレエ・ミストレス:佐藤真左美による。

 

● 遠藤版『眠り』は表題が『Little Briar Rose』。「小さないばら姫」の名の通り、可愛らしく少しお転婆なオーロラ姫である。マッツ・エック版のエコーも遠くに聞こえるが、遠藤の 群舞を生き生きと動かす度量が際立つ、オリジナリティ豊かなコンテ版だった。音楽は、原曲、メロディアスなピアノ曲メトロノームの乾いた音、弦を擦る音で構成される。三角と四角を組み合わせたモビール状の吊りもの、いばらの棘をイメージしたスタイリッシュな吊りものは、それぞれ素朴で幾何学的な面白さ、硬質な現代性を空間を付与した。

幕開けは三角・四角を上方に、1幕ワルツで全員が踊る。黒スカートのカラボス、リラの精、妖精たち、そして銀のビスチェに金のブルマを履いたお下げのオーロラ姫、銀色スーツの王子が見える。カラボスは一人重心が低く、柔術風に動く。オーロラのお転婆ソロの後、原曲を使った妖精たちのグラン・パ。さらに奥から王子が歩み来て、オーロラと見つめ合う。ローズアダージョでのパ・ド・ドゥは、ストリート系の動きを使うやんちゃなデュオ。這いつくばって見つめ合う二人、王子に抱きつくオーロラ、王子の肩を触って膝カックンするオーロラ、王子前転、オーロラ側転、背中でのサポート、背面リフト、肩乗せ回し、出前リフトが、次々に繰り出される。ハードで可愛らしい出会いのパ・ド・ドゥだった。

いばらの森が下りてきて、カラボスと仮面の手下たちが現れる。刺股で妖精たちを生け捕るカラボスたち。王子は勇敢に戦うが、捕らえられて...いばらの森が上がると、代わりに三角・四角が床まで下りてくる。その木枠に、ベージュの布をかぶったアンサンブルが一人ずつ入り、メトロノームと弦に合わせて絶妙な間合いで踊る。チューニングの音で場面転換。木枠で作った門の奥からオーロラと王子が現れ、2幕幻影の曲で愛のパ・ド・ドゥを踊る。ユニゾンや、手を弓なりにゆっくりと合わせて愛を確認する。リラの精がオーロラの目を覆い、眠りにつかせると、王子がオーロラに口づけをして幕となる。

意味のよく分からない場面があろうとも、ぐいぐいと場を進める遠藤の向日性のパワー、人間存在を寿ぐ胆力が作品に充満し、観客は肯定的な力を与えられる。遠藤の動きを作り込むことへの興奮、新手を生み出す瑞々しい好奇心が、ダンサーたちに その場に加担する前のめりの踊りを促す。結果、ソリストからアンサンブルまで自分を超える新鮮な動きを見せて、作品のスケールが増すことになる。

オーロラ姫には、2週間前にイーグリング版のオーロラを踊った木村優里。はまり役である。可愛らしい外見に、体の強さ、気の強さ、脚の強さが加わり、好奇心旺盛な お転婆オーロラが立ち上がる。ブルマー(男装?)ゆえ、木村の最大の武器 ― 脚力、脚線が有効に生かされた。裸足の脚が何とも艶めかしく、まるで生き物のように鮮烈に動く。王子と互角の男前の動きは、ミストレスの梶田を想起。梶田の体が移されているのだろうか。

対する王子の渡邊峻郁は、デジレタイプの優男。銀色スーツがロックシンガーのような色気を醸し出す。鮮やかな跳躍、相手を注視する優れたパートナリングは、先頃踊った古典版と同じ。遠藤が繰り出す多彩な動き、難度の高いサポートも滑らかにこなし、瑞々しい恋する王子を描き出した。姫に振り回されるのを厭わない点も二枚目。

カラボスの高岸直樹は、究極のはまり役。黒スカートの長身が奥から現れるだけで、禍々しい芯となる。武術風の重心は、どうやって手に入れたのか。女性たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げるリフトの連続が面白く、高岸のもつユーモアが滲み出る。舞台を裏からまとめる大らかさが、作品のスケールアップに貢献した。

リラの精の金田あゆ子を中心に、梶田、木ノ内乃々、柴山紗帆、石山沙央理、原田舞子が妖精を担当。6人の女性アンサンブル、5人の男性アンサンブルと共に、遠藤の覇気あふれるコンテ・スタイル、濃密な脳内イメージを十全に可視化させた。

 

● プティパ版による篠原版の表題は『オーロラ姫の結婚』。原典版第3幕を再構成し、一幕物とした。行進曲の直後にサラバンドを置いたのが最大の特徴。王(小林貫太)と王妃(テーラー麻衣)、お付きの女性8人がバロック・ダンスを踊る。優雅な上体に素早い足技で、宮廷舞踊の妙技を披露した。ポロネーズの後、リラの精のヴァリエーション、金、銀、サファイヤ(男性)、ダイヤモンドの踊り、猫、フロリナ王女と青い鳥、赤頭巾と狼、オーロラ姫とデジレ王子のパ・ド・ドゥ、マズルカ、アポテオーズとなる。全体に繊細な古典スタイルが浸透、ソリストからアンサンブルまで丁寧な踊りを心掛けている。

オーロラ姫 初日は、酒井はな、二日目は寺田亜沙子、デジレ王子は橋本直樹、浅田良和、リラの精は平尾麻実、大木満里奈という配役。その初日を見た。

酒井は新国立劇場開場記念の『眠り』で主役を務め、以降、新国立でも日本バレエ協会でもオーロラを踊ってきた。磨き抜かれた身体による 肌理細かい踊りを持ち味とするが、今回も実践されている。古典の様式性を前面に出すのではなく、パートナーとのコミュニケーション、感情の発露に重きを置いたのは、全幕を踏まえた解釈ということだろうか。酒井の愛らしい個性が際立つオーロラだった。対するデジレの橋本は、ボリショイ仕込みのノーブルスタイルで王子の王道を示す。酒井へのサポートも万全、信頼できるパートナーだった。

リラの平尾は全幕でも経験済み、柔らかい佇まいで、舞台を善のオーラで包み込んだ。フロリナ王女の清水あゆみ、青い鳥の荒井英之は細部まで行き届いた踊り、白い猫 岩根日向子の色っぽい美脚、猫 田村幸弘の力強さ、金の精 大山裕子、銀の精 吉田まいの様式性が印象深い。リラを奥に配置したアポテオーズは荘厳、コンテ版の破格に対し、古典版の重厚さを対置させた。