バレエシャンブルウエスト『シンデレラ』2021

標記公演を見た(10月10日昼 J:COMホール八王子)。演出・振付は今村博明と川口ゆり子。再演を重ねてきた重要なレパートリーである。5月公演『ジゼル』ではマイムの緻密さに驚かされたが、今回も冗長になりがちな1幕の演技が素晴らしかった。継母、義姉妹、父親の的確で味わい深い造形、ピンポイントの芝居の呼吸が、練達の演出によって実現されている。キャラクターに沿いつつ、音楽をくまなく掬い取る円熟の振付と共に、観客をメルヘン風物語の世界へと誘った。

主役パ・ド・ドゥのアクロバティックな難しさは、初演者に由来する。王子、道化のソロも高難度。王子には左右両回転シェネが課されている。3幕世界巡りでは王子と道化が続けて同じ振りを踊る。王子は最後に手を高く差し伸べ、道化は遠くを眺める仕草で終わり、役の違いを楽しく伝えた。なお1幕 仙女のソロに、プロコフィエフ組曲『夏の日』より「朝」、3幕 シンデレラと王子のパ・ド・ドゥに、組曲『冬のかがり火』より「アンダンテ・ドルチェ」が挿入されている(選曲:江藤勝己)。

主役のシンデレラは若手の川口まり(ソワレ:吉本真由美)、王子は藤島光太(ソワレ:橋本直樹)が務めた。共に清潔なクラシック・スタイルを持ち味とする。川口は1幕では自然体の演技、2幕ではアダージョの見せ方にやや硬さが見られたものの、美しいアチチュードでシンデレラの気高さを表現した。3幕では生き生きとした思い出しソロ、丁寧で情感豊かなパ・ド・ドゥを披露。今後は、師匠 川口ゆり子がリフト時に見せる絶対美を、ぜひ受け継いで欲しい。

王子の藤島は美しく明快な脚技が特徴。左右シェネをこなす高い技術を誇る。開放的で鷹揚なノーブルスタイル、大仰でなく的確に相手に応える芝居、前向きの明るさが揃った主役の器である。同じ振りを踊る道化には、井上良太。すべるような滑らかな踊り、愛嬌のあるあっさりとした演技で、藤島王子を軽やかに支えている。

1幕の主役とも言える継母の深沢祥子は、美しくわがままで可愛らしい。娘たちより自分が1番だが、憎めないのは深沢の人徳か。父親の正木亮もオロオロと困ったまま、どうすることもできない。欠点を含め愛しているのだろう。だがその父も、いざとなると妻と連れ子を押しとどめ、シンデレラを王子に「我が娘」として引き渡す。部屋の隅で不安気に佇む父親と、心から娘の幸せを願う父親に一貫性があるのは、正木の肚が決まっているから。全て分かっていて、家族を受け止める大きさがあった。

姉娘オデットの松村里沙はしっかりしていておきゃん、妹娘アロワサの斉藤菜々美は少し控えめで人が好い。カーテンコールまで役を生きていた。妖精の女王には美しく伸びやかなラインの伊藤可南。若手ながら、溌溂とした春の精 荒川紗玖良、おっとりした夏の精 柴田実樹、技巧派コオロギの早川侑希、きびきびとした秋の精 石原朱莉、穏やかな冬の精 河村美希を束ねている。粋なスペインの吉本泰久、貫禄オリエンタルの橋本尚美、スタイリッシュな王子友人 江本拓と、ベテラン勢も活躍。もう一人の王子友人 染谷野委は、芝居と融合した踊りでとぼけた味わいを醸し出した。

女性アンサンブルは同じスクール出身らしく、スタイルがよく揃っている。伸びやかなラインで呼吸深く、ゆったりと踊るため、観客も体が解きほぐされる。練り上げられた演出と相俟って、終演後には晴れ晴れと気持ちの良い後味を残した。

磯部省吾指揮、東京ニューシティ管弦楽団が、たっぷりと豊かな音作りで物語を支えている。