新国立劇場バレエ団『シンデレラ』2017

標記公演を見た(12月16日夜,17日,23日昼夜,24日 新国立劇場オペラパレス)。99年バレエ団初演、11回目のアシュトン版『シンデレラ』である。デヴィッド・ウォーカーの詩的な美術に、マーティン・イエーツ指揮の繊細で優美な音楽が、観客を夢の世界へと誘う。序曲における弦の美しい調べ、アモローソでの伸びやかなクレシェンドが素晴らしい。イエーツがプロコフィエフの音楽を喜びと共に味わっているのが分かる。
アシュトン版の特徴としては、古典の儀式性と英国の演劇性が絶妙に組み合わされている点、トリッキーな振付(酒井はな談)と幾何学的フォーメーション、何度見ても見切ることができない同時多発的な芝居が挙げられる。今回も第二幕における父親の言動に、新たな発見があった(監修・演出 マリン・ソワーズ)。また仙女とシンデレラ、王子とシンデレラの互いにスライドする動きは、愛情の発露。見るたびに胸が熱くなる。
年明け『ニュー・イヤー・バレエ』のリハーサルと重なる日程だが、星の精アンサンブルは以前のクリスピーなきらめきを取戻し、義姉妹と父親、彼らを取り巻く職人たち、道化、王子友人、ナポレオンとウエリントンは、練り上げた芝居と踊りで舞台の充実に貢献した。一年ぶりに戻ってきた義姉の古川和則、父親の輪島拓也が見せたベテランの味も嬉しい。主役のシンデレラと王子は5キャスト。いずれもクリスマス・シーズンにふさわしい、ハイレヴェルの仕上がりだった。
初日昼の米沢唯と井澤駿(2回目所見)は、ようやく対等のパートナーシップを築きつつある。二幕アダージョは互いへの思いやりにあふれた輝かしい愛のパ・ド・ドゥだった。三幕アモローソの晴れやかさも比類がない。米沢のその場を生きる自然体、じんわりと人を温めるオーラ、井澤の大きさと品格が、格調高い舞台を生み出している。
初日夜の小野絢子と福岡雄大(3回出演)は、『ダンスマガジン』の年間読者アンケートで「あなたが好きなバレエのペアは?」の第一位に選ばれた(2018年2月号)。小野の台所での細やかな芝居、音楽性、ユーモア、美しさは申し分ない。対する福岡は主役としての覇気、切れ味鋭い踊りで舞台を引き締めた。3度の海外出演など、様々な経験を共にしてきたゴールデンカップルの安定した舞台だった。
二日目の柴山紗帆と渡邊峻郁も、前回と同じ組み合わせ。柴山は一幕での演技が向上し、この一年の経験を窺わせた(もちろん床のショールは柴山が拾わなければならなかったが)。チュチュでの輝き、エポールマンによる体の閃きは相変わらず。クラシカルで清潔なシンデレラだった。対する渡邊は二枚目の優男、佇むだけで甘い雰囲気を醸し出す。ぶれのない美しい回転を得意とし、柴山と共に爽やかな舞台を作り上げた。
最終日前日夜の木村優里と中家正博は、『ドン・キホーテ』以来2回目の組み合わせで共に初役。木村は押し出しのよさ、輝きと華やかさを身上とするが、本来はトランス系自己没入型。それを考えると、シンデレラの中にまだドラマを見出していないようだ。舞踏会での輝きは、木村なら当然のレヴェル。もちろん他日配役の仙女では、懐の深さ、踊りの大きさで、破格の才能を示している。対する中家は、ワガノワ派正統のダンスール・ノーブル。腕使い一つに気品が漂う。美しいヴァリエーションもさることながら、三幕アモローソのリフトでは、一瞬のうちに古典の世界を現出させた(指揮のイエーツが激しく反応)。サポートのみで王子のあるべき姿を伝えている。
最終日の池田理沙子と奥村康祐は、一年を通じてのパートナー(前回の『シンデレラ』『コッペリア』『眠れる森の美女』『しらゆき姫』『くるみ割り人形』)。奥村は池田の成長に目を見張っていることだろう。今回のシンデレラでは晴れやかな個性はそのままに、体使い、腕使いが繊細になり、演技にメリハリを付けられるようになった。舞台に真っ直ぐ自分を投入する稀少な個性派である。対する奥村は、持ち前のロマンティックな味わいを前面に出す造形。ただし、踊りにはもう少し古典の純粋性が求められるだろう。また池田の成長に伴い、兄が妹を想うようにではなく、男性が女性を想うようなアプローチが必要になるかもしれない。
義姉妹は、菅野英男と高橋一輝組、古川和則と小野寺雄組。菅野は癖のない大らかな姉、高橋は哀しげな表情と鋭い反応が共存する妹、古川は自在な演技が破格の面白さを生む姉(腹搔き)、小野寺は動きの切れで笑いを取ることができる妹だった。高橋と小野寺は、ナポレオンでも競演、持ち味を生かした芝居を競っている。3人の娘を愛する暖かい父親 輪島拓也を含めた一連の芝居シーンは、舞踊シーンに匹敵する素晴らしさだった。
仙女の本島美和は一挙手一投足に、これまでの人生が滲み出る境地に至っている。光が放射するような滋味あふれる踊り。本島の愛のエネルギーが空間を変容させた。同じく細田千晶も、清潔な踊りに慈愛を滲ませる進境を示した。道化は人間味あふれる福田圭吾、全体を俯瞰する知性派 木下嘉人、新加入の井澤諒は誠実で丁寧な踊りを披露した。井澤(諒)はダンス教師での細やかな演技も印象的。四季の精はこれまで、西山裕子の春、西川貴子の夏、厚木三杏の冬を輩出してきた。今回は全体にアシュトン振りが弱く(例外は柴山)、原点に立ち返る必要があるのではないか。
イエーツ率いる東京フィルは、力のこもった熱演で舞台を支えている。