東京バレエ団『かぐや姫』新制作

標記公演を見た(10月22日 東京文化会館 大ホール)。本作は第1幕を2021年秋、第2幕を2023年春に発表、今回初めて全3幕が通しで上演された。演出・振付は Noism Company Niigata 芸術監督の金森穣、音楽はドビュッシーの音楽を選曲、衣裳デザインに廣川玉枝、木工に近藤正樹、映像に遠藤龍、照明は伊藤雅一、金森穣、演出助手に NCN 国際活動部門芸術監督の井関佐和子、衣裳製作は武田園子という布陣。初演では写実的だった1幕の美術・衣裳を変更、音源も改訂され、視覚、聴覚面の統一が果たされている。

台本は金森自身。翁がかぐや姫を竹の中から見つけ、大事に育て上げるのは原作と同じ(媼はなし)。かぐや姫の初恋の人(道児)、帝の正室(影姫)を新たに設定し、4人の公達を大臣とした。最大の変更は、かぐや姫が人間的な感情を豊かに表現する点。好奇心旺盛で活発な娘が、宮廷での愛憎関係に巻き込まれ苦悩の日々を過ごす。最後は初恋の人に裏切られた上、帝と村人たちの戦(少しアンバランス)に遭遇、いたたまれず大きな叫び声を上げると、天からの迎えがやってくる。かぐや姫は初恋の人とその妻子、帝と影姫を祝福し、月へと帰っていく。異界から来た女性が、周囲の人々に影響を与える物語の原型に加え、その女性自身が成長していく過程も描かれている。

近藤のシンプルだが暖かみのある美術、廣川の豪華なオールタイツとスタイリッシュなたっつけ袴、それらを生かす効果的な映像・照明は、海外発信を想定した日本の創作バレエにふさわしい。金森のドビュッシー選曲、音楽的振付も素晴らしく、かぐや姫と道児の月の光パ・ド・ドゥ(1幕)、影姫パ・ド・サンクおよび、帝、かぐや姫、影姫のパ・ド・トロワ(2幕)は情感にあふれる。さらにベジャール・オマージュと言える「海→竹の精」女性群舞(1幕)、Noism メソッドを用いた力強い宮廷男性群舞(2幕)、金森版『ラ・バヤデール』を彷彿とさせる「雪→光の精」女性群舞(3幕)が、ドビュッシー音楽を微細に視覚化。金森の優れた音楽性を再確認させた。

今回、翁を中心とするコミックリリーフは、ベテラン木村和夫を得て、飄々とした中にも気品の漂う場面となった。木村がかぐや姫に腕を差し伸べるだけで、深いドラマが立ち上がる。ダンスール・ノーブルとしての歴史が身体化されている。また、踊れるダンサーを配した黒衣の扱いも目覚ましい。これまで作品に黒衣を採用してきたのはこのためだった、とさえ思わせる。オケピットからの意想外の登場に加え、低重心の機敏な動き、翁、かぐや姫、秋見(教育係)と踊る際のユーモアが素晴しかった(当日は岡崎隼也、井福俊太郎、海田一成、山下湧吾)。

一方、美術、音楽、舞踊の緊密な融合に対し、物語の流れとしては、まだ練り上げるべき箇所が残されている。例えば1幕の最後、かぐや姫が秋見に連れていかれ、残された道児が嘆いているところへ姫が再び戻ってくるのは、余情が損なわれる。また翁がお金と反物を竹林から取り出すのを村人が見て、自分たちもと竹林を傷つける場面。環境破壊を連想させるが、直後の姫が都に上る場面との繋がりがなく、唐突に思われた。さらに秋見と大臣4人が村を眺める都上りの伏線も、やや説明的。秋見と従者でよいのでは。3幕での道児の裏切り(地元女性と子を成す)は、天で罪を犯したかぐや姫の贖罪と、道児を許す姫の天上性を示すためと思われるが、この場合2幕月の光パ・ド・ドゥ(管弦楽版)の真実が問われることになる。あれほど愛し合ったのに裏切ってしまう道児のキャラクターは、踊り手の豊かな経験を投入してもなお、整合性を欠いて見えた。全幕物語バレエは初めてということもあるが、もう少し観客の想像力、踊り手の生理を考慮に入れた演出を期待したい。

主要人物はWキャスト。かぐや姫の初日、三日目は秋山瑛、二日目は足立真理亜、道児はそれぞれ柄本弾、秋元康臣、影姫は沖香菜子、金子仁美、帝は大塚卓、池本祥真、翁の木村和夫、秋見の伝田陽美はシングルキャストだった。その三日目を見た。

秋山は繊細なラインに豊かな感情を滲ませて、かぐや姫の地上での生涯を描き出した。1幕の無垢な魂、2幕の不安と苦悩、3幕の崇高な赦しが、考え抜かれた演技と踊りから伝わってくる。これまでの蓄積と鋭敏な感受性を、かぐや姫造形に注ぎ込み、手探りで格闘してきた様子が窺える。翁との遣り取りと別れには深い真実味があった。影姫の沖はゴージャスなラインと堂々たる存在感で帝の愛されぬ正室を演じる。赤と黒のオールタイツがよく似合っていた。愛情深い教育係、秋見役は伝田。と言うよりも、伝田があってこその秋見である。持ち前のユーモアと芝居心が作品に晴れやかさをもたらした。

道児の柄本は大らかで暖かく、かぐや姫の孤独を包み込む。その彼の裏切りは衝撃的だった。柄本としても不本意だったと思うが、あらん限りの解釈を体に入れた仁王立ちを見せている。帝は今春の第2幕上演で、牧神のような孤独のソロを踊った大塚。今回は物語のバランスを考慮してか、抑え気味だった。金森振付の粋とも言えるソロ(トロワへ移行する)なので、初演時解釈に戻して欲しい。

宮川新大、池本祥真、樋口祐輝、安村圭太の大臣たち、二瓶加奈子、三雲友里加、政本絵美、中島映理子の側室たちと、実力派ソリスト陣が脇を固める。しなやかな女性群舞、ベジャール張りの男性群舞、明るい村人群舞が、骨太の骨格を形成した。