NBAバレエ団「ディアギレフの夕べ」&『くるみ割り人形』

2月に上演されたNBAバレエ団の「ディアギレフの夕べ」評と、昨年末の『くるみ割り人形』評をアップする。

NBAバレエ団がフォーキン振付の4作品を集めて、「ディアギレフの夕べ」を催した。再演の『ル・カルナヴァル』(10年)、『ポロヴェッツ人の踊り』(09年)、『ショピニアーナ』(09年)と、本邦初演『クレオパトラ』(09年)である。
再演3作は、適材適所の配役と、美的基準の明確な演出により、緻密な仕上がりだった。特に幕開けの『ル・カルナヴァル』は、ヴィハレフ復元の繊細な香りを、初演時よりも伝えている。
シューマンの同名ピアノ曲に登場する人物(シューマンの分身、憧れの女性、妻、コメディア・デラルテの人達)が、音楽そのままに演じ踊る。マイムと踊りの情感が途切れることなく続き、シューマンの繊細な叙情性と激しい熱情に身を委ねることができた(オーケストラ編曲版による)。
アルルカンの貫渡竹暁の華やかな踊りが素晴らしい(初日・皆川知宏)。グラン・プリエからのピルエットを始め、軽い跳躍、指さしの決め技、そしてチャラチャラした色気、適役である。またピエロの大森康正(両日)は、白い長袖をゆったり膨らませて、心に沁みるペーソスを醸し出した。軽やかな跳躍と消え入るような退場が、残像となって舞台を彩る。
竹内碧(初日・小島沙耶香)のコロンビーヌを始め、女性陣も適役。パンタロン役ジョン・ヘンリー・リード(両日)が、優れた演技で舞台を引き締めた。バレエ・リュスの重要な遺産。音楽の魅力にあふれた貴重なレパートリーである。
二作続けて上演された『ポロヴェッツ人の踊り』と『ショピニアーナ』もヴィハレフ復元。それぞれロプホフ版、ワガノワ版に基づく。前者の男女群舞、後者の女性群舞は共に音楽的で、スタイルが統一されている。ポロヴェッツ人の野蛮な熱気、シルフィード達の絵画のようなフォルムに、対照の妙があった。
ポロヴェッツの男性、泊陽平(初日・リード)の覇気ある踊り、少女、坂本菜穂(初日・原田貴子)の切れのよい動きが印象深い。
最終演目『クレオパトラ』はアレクサンドル・ミシューチンによる再振付。プログラムによると抜粋が残っているとのことだが、どの部分かを明示して欲しかった。
音楽はアレンスキーを枠組に、グリンカリムスキー・コルサコフムソルグスキーグラズノフを加えた複雑な構成。ただし筋書き・人物名はC・ボーモント(41年)の記述とは異なるため、マリインスキー上演版と思われる。
美術・衣裳はレオン・バクストを模したもので、ピラミッドを遠景に、巨大神殿の踊り場が舞台。原色に金銀を交えた美しい衣裳と共に、バレエ・リュス当時を偲ばせる。
振付は『ラ・バヤデール』風あり、エジプト風ありのキャラクター・ダンス。マイムが少なめなので、全体がディヴェルティスマンのように感じられる。再演時には踊りもこなれ、ドラマの流れも出てくるだろう。音楽の統一感がないので、余程強引な演出力が求められる。
バレエ・リュス初演時にはイダ・ルビンシュテインが演じたクレオパトラには、キエフ・バレエ団のエリザヴェータ・チェプラソワ。美しい肢体にくっきりした顔かたちで、残酷な妖艶さを体現した。一方クレオパトラに魅入られ、一夜の情事と引き替えに命を落とすアモンには、リード。情熱的な演技と大きな踊りで舞台に貢献した。
恋人アモンをクレオパトラに取られるビリニカ役、峰岸千晶の哀しみに満ちた踊りも印象深い。
バレエ・リュス初期の4作品を一挙上演することで、振付家フォーキンの革新的な部分と、伝統に寄り添った部分の両方を見ることができた。
例によって、榊原徹指揮、東京劇場管弦楽団による高レヴェルの演奏が、舞台の質を高めている。(2月23日 ゆうぽうとホール)
『音楽舞踊新聞』No.2895(H25・4・1号)初出

久保綋一芸術監督になって初めての『くるみ割り人形』。自身が所属していたコロラドバレエ団の版を下敷きに、演出・振付を行なっている。
音楽と密着した有機的な舞台だった。物語の流れは自然で、クラシック技術の要求度が高い。クララとフリッツ(大人の配役)も高難度の踊り。一幕のくるみ割り王子とクララのアダージョも見応えがあった。
適材適所の配役。ダンサーの資質を見抜き、育てようとしている。一貫した芸術的基準を舞台に反映させると同時に、観客を楽しませるために全力を尽くす、芸術監督としてのあるべき姿を見ることができた。
当日の金平糖の精は、菅原翠子。力みのない神経の行き届いた踊りに、的確な役作り、舞台の全てを引き受ける責任感は、まさに主役の鑑である。対するカバリエールの大森康正は、サポートの強化が望まれるが、美しい踊りだった。
くるみ割り王子のジョン・ヘンリー・リードはノーブルな佇まい、クララの小島沙耶香は明るく素直な演技で、確かな技術を持つ。フリッツの皆川知宏(他日くるみ割り王子)の清潔で軽やかな踊り、花のソリスト賀川暢(他日カバリエール)のノーブルな踊りも印象的だった。
ソリストは総じて技術が高く、実力を発揮している。足音のしないコール・ド・バレエと共に、バレエ団の今後に大きな期待を抱かせた。榊原徹指揮、東京劇場管弦楽団。(12月15日夜 なかのZERO大ホール)  『音楽舞踊新聞』No.2892(H25・3・1号)初出