新国立劇場バレエ団『ドン・キホーテ』三日目、四日目

標記公演を見た(6月29、30日 新国立劇場オペラパレス)
19世紀古典バレエ(全幕)の良さは、世界中のバレエ団がほぼ同じ振付を踊り、歴代のダンサーによる蓄積が途方もなく大きいこと、主役バレリーナが全幕を踊り切ることで破格の成長を遂げる可能性があること、バレエの様式性の維持が望めること、が挙げられる。1月のトリプル・ビル(バランシン、ビントレー、サープ)の後、2月の『ジゼル』では、ペザント・パ・ド・ドゥがクラシックに見えないという弊害があった。サープのせいだと思う。今回の『ドン・キホーテ』では、ビントレー作品を踊ってきた成果である自然な演技と、バレエ団持ち前のクラシックの様式性がマッチして、レヴェルの高い古典全幕上演になった。古典嫌いのビントレーの感想が聞きたい(『ジゼル』はロマンティック・バレエだからOKだそう。どうせならビントレー版を移植して欲しかった)。
主役二組は実力発揮。来季からオノラブル・ダンサーになる川村真樹、同じくファースト・ソリストになる寺田亜沙子、共にラインが美しく、目を楽しませる。川村の来し方を考えると、複雑な思いに。もっと早く、もっと多く主役を踊るべきダンサーだった。ただ明るい演目で終わることができて、カーテンコールも満足そうだったので、気持ちの区切りがついているのかなとも思った。一方、寺田は風格が出てきた。研修所の修了公演の挨拶が、涙で言葉にならなかったのを思い出す。立派なアダージョだった。キャラクテールにも、コンテンポラリーにも優れているので、今後の展開が楽しみ。凄みが出てくると、美しいだけに恐ろしいことになるかも。
来季からBRBに戻る厚地康雄は、献身的なサポートで川村を支えた。プロらしい舞台。一方の奥村康祐は、まだサポート筋ができていない柔らかい体。回転技に力を発揮した。
キャラクター陣は先週と同じ。最終日は左バルコニーで見たので、山本ドン・キ、吉本サンチョ、古川ガマーシュ、輪島ロレンツォの小芝居が面白くて仕方がなかった。4役が揃うのは新国では今までなかったこと。皆年齢を重ね、経験を重ねて辿り着いた舞台人の境地。特に吉本の自在さは、ビントレーとの出会いによって後押しされたような気がする。スカートめくりしたり、常に役を生きていた。キューピッドの一人が過って落とした矢を拾って、カバンに入れて、最後は矢をふりふり退場していった。山本ドン・キとのコンビをずっと見ていたい。
先週と唯一変わったのは、街の踊り子の米沢唯。29日(役初日)は、福岡エスパーダと粋なやりとりを見せ、30日にはマイレン・エスパーダと濃厚なやりとりを見せた(マイレンは米沢のみならず、本島メルセデスの首筋にもブチュとやっていた)。そしてなぜか米沢はこの日、日舞の感触があった。顔は夜叉のよう、扇は日舞の扇に見えた。今回唯一の身体ギア・チェンジだった。『夜叉が池』の白雪をやってほしい。小野は百合を。晃と学円は福岡と菅野で。
本島は先週も見ごたえがあったが、今週のメルセデスは凄かった。上からだったので、総踊り時、テーブルの上で踊っているのがよく見えた。オシム監督の「水を運ぶ人」という言葉が思い浮かぶ。ソロもエネルギーが四方八方に飛び散る素晴らしさ。腹からの力が踊りに出るようになった。
今回はトレアドールのナイフ刺しも楽しみだった(ダンサーたちには悪いが)。初日、二日目ボロボロ倒れる。以前、貝川鐵夫や現在アシスタント・バレエ・マスターの陳秀介が倒した記憶はあるが、こんなに倒れたことはない。さすがに三日目は持ち直し、しかし四日目は何本か倒れた。街の踊り子寺田は少し緊張、米沢は平気に見えた。ナイフを刺し直すのも面白かった。以前は一発の美学だったけど。