谷桃子バレエ団『リゼット』2014(訂正あり)

標記公演評をアップする。

谷桃子バレエ団が四年ぶりに貴重なレパートリー『リゼット』を上演した。62年にスラミフ・メッセレルとアレクセイ・ワルラーモフがゴルスキー原振付版を移植。豊かなマイム、素朴な踊りが前近代的な味わいを醸し出す、牧歌的喜劇バレエである。当時は楽譜がなく、音楽監督福田一雄が、プティパ=イワノフ版に遡るゴルスキー版(ヘルテル曲)のピアノ譜からオーケストレーションを行い、アシュトン版のランチベリー曲や南仏民謡を追加編曲して、独自の谷桃子福田一雄)版を作り上げた。振付はメッセレルのものが保存され、本家では失われた19世紀の香りを残すボリショイ・バレエ版を垣間見ることができる。


今回は新体制になって初めての、そして核となる芸術監督望月則彦を失って初めての『リゼット』上演。主役に若手を起用し、新演出ではないにもかかわらず照明まで変えて臨んだ意欲的な舞台だったが、前回に比べると芝居の間合いや切れがやや鈍い。祝祭的な時空間を作る福田一雄の指揮を欠いたこともあるが、全体を見通す芸術監督の不在が要因だろう。


主役のリゼットとコーラには、再演組の永橋あゆみ、三木雄馬と、初役組の齊藤耀、酒井大、母マルセリーヌには樫野隆幸と岩上純の配役。初日の永橋は美しいクラシックのラインと透明感のある佇まいが魅力。一幕の芝居は少し上品過ぎたが、二幕パ・ド・ドゥの風格、三幕の結婚を夢見るマイムやパ・ド・ドゥの清らかさで持ち味を発揮した。一方の三木はこれまでの強面技巧派の仮面をかなぐり捨てて、自然な芝居、役の踊りで新境地を拓いた。二幕パ・ド・ドゥの三木の笑顔には感動すら覚えた程。永橋との呼吸もよく、クラシックの醍醐味も感じさせた。二日目の齊藤は小柄ながらエネルギッシュにはじける演技、役になりきった踊りで主役デビューを飾った。二幕パ・ド・ドゥの見せ方はまだ十全とは言えないが、娘役に適したダンサーの誕生を確実にした。対する酒井は確かな技術を持ち、役柄にも合っていたが、役の彫り込み、パートナーとしてのあり方はこれからだろう。


リゼットの母マルセリーヌは物語を束ねる要、実際の主役である。初日の樫野は女らしく色気のある西洋的な女形芸、二日目の岩上は博多にわかを思わせる地の女形芸、共にはまり役である。再演の岩上は突拍子もないおかしさと、情の深い母性を結びつけた点で、大先輩小林恭の跡を追う。その至芸と肩を並べる日を楽しみにしたい。金持ちのぶどう園主ミッショーにはゆったりとした陳風景と、軽妙な川島春生、頭の弱いその息子ニケーズには、無垢な魂を感じさせる山科諒馬と、活発で動きの面白い中村慶潤が当たり、主役と共に、初日のノーブルな雰囲気、二日目のコミカルな雰囲気の形成に貢献した。村娘のツートップ林麻衣子と黒澤朋子、三浦梢と穴井宏美が、バレエ団の淑やかな踊りを体現した他、コーラの友人に安村圭太と牧村直紀の新人が加わって、ダイナミックな踊りを披露した。アンサンブルの清潔な踊りと表情豊かな演技は相変わらず。布目真一郎の公証人、脇塚力の秘書の演技にも笑わされた。


シアターオーケストラトーキョー率いる井田勝大は両日とも、一幕は慎重、二幕から三幕にかけて躍動感あふれる指揮を見せる。福田の後継者として今後の活躍を期待する。(3月1、2日 ゆうぽうとホール) *『音楽舞踊新聞』No.2924(H26.4.21日号)初出

人名表記の訂正
穴井宏美は、穴井宏実に、陳風景は、陳鳳景に、訂正します。