谷桃子バレエ団『ドン・キホーテ』2017

標記公演を見た(1月14日 東京文化会館)。1965年7月、谷桃子バレエ団は『ドン・キホーテ』全幕を日本初演した。会場は同じ東京文化会館。スラミフ・メッセレルがボリショイ版を導入し、その後、谷桃子が改訂振付を施して再演を重ねてきた。谷版の特徴は、騎士物語にのめり込むドン・キホーテのストーリーを一貫させたこと。プロローグではドルシネアと無名の騎士を妄想、バルセロナ広場ではキトリを姫と思い込み、居酒屋、風車小屋ではガマーシュと戦う。森の場面ではドルシネアや妖精たちと戯れ(舞台手前には槍が置かれ、ドン・キホーテの妄想を示唆)、公爵の館では、ガマーシュの画策で無名の騎士と一騎打ち(拍車が絡まり倒れて負ける)、最後は再びサンチョ・パンサと旅に出る。風車小屋の場面では魑魅魍魎も登場し、ドン・キホーテがかつては主役であったことを思い出させる。また、エスパーダのマイム、トレアドールの闘牛の振りが明確に残り、子役のキューピッドと小姓がポアントなしで踊るなど、古風な味わいがある。本物の馬と鶏が登場するのも、谷版ならでは。一方、ジプシーの森は省略、ジェロビンスキーのジプシー・ダンスを居酒屋に移動させ、スペイン風のディヴェルティスマンを構成するのも特徴の一つと言える。
キトリは佐藤麻利香(二日目は雨宮準)、バジルは齊藤拓(二日目は三木雄馬)という、昨年末の『白鳥の湖』と同じ組み合わせ。佐藤はチュチュになると威力を発揮、たおやかでこれ見よがしのない踊りだが、内に秘めた情熱が徐々に周囲に伝播し、ターボエンジンのような熱量を発散する。万全の技術、バランス、回転技は胸のすく素晴らしさ。一幕の演技はもう少し弾けても良かったかもしれない。一方、齊藤は円熟味を増したベテランの味わい。美しいライン、伸びやかで音楽的な踊り、パートナーを十全に踊らせるサポートに、成熟した男性の色気も加わる。好感度の高い組み合わせだった。
大らかでノーブルな桝竹眞也のドン・キホーテ、献身的で機嫌のよい岩上純のサンチョ・パンサは名コンビ。しなやかな馳麻弥の大道の踊り子、対する檜山和久のエスパーダは適役ながら、少し生真面目だったかもしれない。またボレロの酒井大が薫り高い踊りを披露した。尾本安代の公爵夫人、内藤博の公爵、脇塚力のガマーシュ、井上浩二のロレンツォなど、ベテラン勢が脇を固める一方、植田綾乃(森の女王)、山口緋奈子、竹内菜那子(キトリ友人)、森本悠香、磐田光加(ギターを持った女達)など、大柄で生きのよい若手女性ダンサーが目立った。バレエ団の伝統なのだろうか。
指揮者が祝祭的空間を作り出す福田一雄から、時間の流れを重視する磯部省吾に変ったこともあり、前回上演とはやや異なる印象の舞台。次期芸術監督の高部尚子がどのような方向にバレエ団を導いていくのか、見守りたい。演奏は神奈川フィル。