新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』2014

標記公演評をアップする。

新国立劇場バレエ団が二年ぶりに牧阿佐美版『白鳥の湖』(06年)を上演した。来季の予定にも入る定着したレパートリーである。牧版はバレエ団先行のセルゲーエフ版を改訂したもので、プロローグのオデット白鳥変化、三幕ルースカヤの追加、四幕デュエットの削除、ロートバルトの溺死が主な変更点。ルースカヤの高難度の振付はソリストの見せ場を増やしたが、デュエットがなく、ロートバルトが自ら溺死する(ように見える)四幕は、劇的要素にやや欠けると言わざるを得ない。結末をプティパ=イワノフ版に戻すか否かを含め、再考の余地が残されている。


ピーター・カザレットの装置・衣裳は繊細で美しく、沢田祐二の照明も独自の幻想美学を舞台に紡ぎ出す。白鳥群舞の透明感は沢田にしか出せない味だろう。ただし、一時改善されたロートバルトへの照明が再び落とされている。貝川鐵夫、古川和則、輪島拓也の工夫を凝らした役作りが照明美学の犠牲になるのは、バレエ作品として本末転倒ではないだろうか。


主役は4組。出演順に小野絢子と福岡雄大、米沢唯と菅野英男、堀口純とマイレン・トレウバエフ、長田佳世と奥村康祐の配役。小野と福岡はBRBの『パゴダの王子』ゲスト出演のため、一回のみの登場だった。小野はこれまでの緻密に練り上げてきた役作りを一度捨てて、素手で勝負している。白鳥は音楽に沿ってあっさりと、黒鳥は妖艶で伝法な味わい。持ち前の大物感を遺憾なく発揮した。カカカと笑う様がこれほど似合うダンサーはいない。対する福岡はやはり本来のパートナーだった。クリーンな技術に同士のような阿吽の呼吸。王子らしい立ち居振る舞いにウヴァーロフ指導の成果が見えた。


米沢(二回目所見)は前回、気で覆われて見えなかった体が見えるようになった。物語解釈はセリフが聞こえるほど細かく、しかも実存を感じさせる瞬間がある。黒鳥にはふくらみと艶が加わって、二年間の経験を実感させた。『火の鳥』が縁で小野共々(福岡も)Tezukaのストラップになったが、二人が今後どのような道を歩んでいくのか見守りたい。米沢の王子は菅野。落ち着いた演技で舞台を統率した。踊りのクラシカルな美しさも際立っており、盤石のサポートで米沢を支えている。


ベテランの域に入った堀口は、牧阿佐美の美意識に沿った大人の雰囲気を持つダンサー。本来なら美しい上体で日本的情緒を奏でるはずだったが、脚が本調子ではなかったのが残念。対するトレウバエフもどこか乗り切れず、実力発揮とは行かなかった。


最終日の長田は円熟の踊り。ロシアバレエの粋を生きた形で見ることができた。ポジションの正確な美しさは言うまでもなく、パの全てにこれまでの人生が滲み出る。全身を貫く深い音楽解釈と、目の前のパに向き合う誠実さに粛然とさせられた。パートナーの奥村は、山本隆之以来のバレエ・ブランが似合う王子。ロマンティックな情感を終始漂わせ、ヴァリエーションも役の踊りになっている。ドラマティック・バレリーノだったのか。


ソリストではロートバルト3人組を始め、王妃の西川貴子、湯川麻美子、道化とナポリの八幡顕光、福田圭吾、トロワの両回転江本拓等、ベテランが順当に活躍する一方、道化の小野寺雄、トロワの小柴富久修、スペインの林田翔平と小柴、ナポリの原健太、マズルカの池田武志等、若手男性陣の躍進が目立った。またルースカヤの本島美和と細田千晶がそれぞれ、パトスのこもったダイナミックな踊りと、繊細できらめく立体的な踊りで、牧振付の神髄を示している。


男女アンサンブルはクラシックスタイルを身に付けた上で、活気にあふれる。白鳥群舞も個の意志を感じさせる力強さがあった。演奏は、うなり声でオケを鼓舞するアレクセイ・バクラン指揮、東京交響楽団。(2月15、21、22、23日 新国立劇場オペラパレス) *『音楽舞踊新聞』No.2926(H26.5.21)初出