ボリショイ・バレエ2014

標記公演評をアップする。

ボリショイ・バレエが2年ぶりに来日、グリゴローヴィチ版『白鳥の湖』と『ラ・バヤデール』、ファジェーチェフ版『ドン・キホーテ』を上演した。どれも19世紀のプティパ作品だが、前2作はマイムから舞踊へのモダン化を特徴とし、後者はボリショイの演劇性を生かす伝統的な改訂と、個性を分けている。アドリブかと思わせる自在な喜劇芝居にボリショイ本来の気風が感じられるが、心理重視、重厚な振付様式、美的フォーメイションを誇るグリゴローヴィチ作品も、一時代を築いた伝統として新たに生きられている。


特に興味深かったのがザハーロワのオデット=オディール。マリインスキー時代の、長い手脚を駆使した鮮やかなラインときらきら輝く演技が、張りのあるラインとアクセントの強い演技に取って代わっている。またモスクワ音楽劇場バレエ時代、絵に描いたようなダンスール・ノーブルだったセミョーン・チュージンが、ヴェトロフ薫陶の成果か、大きさ、ダイナミズムを旨とするボリショイ・ダンサーに変貌を遂げていた。「ボリショイの真のアーティストは、グリゴローヴィチ作品を2つ以上、踊っていなければならない」というアレクサンドロワの言葉(記者会見)の重みを思わされた。


今回注目の若手だったオリガ・スミルノワが故障降板のため、プリンシパルのエカテリーナ・クリサノワで3作品を見ることになった。クリサノワは生え抜きにも拘わらず、意外にもボリショイ風とは言えなかった。美しいラインを誇るマリインスキー移籍組とも、大劇場を掌握する剛胆なモスクワ姐御風とも、定型に身を委ね、場数によって成長していく抒情派とも異なる。やや小柄な体の一挙手一投足に、役への思考の痕跡を垣間見せ、なおかつ気品と真情にあふれる踊りである。繊細な腕使いも現在のボリショイでは異質。マイヨーの『じゃじゃ馬馴らし』初演組とのことだが、西欧の物語バレエで活きるタイプかも知れない。


他に女性では、『白鳥』トロワのクリスティーナ・クレトワ、ガムザッティのアンナ・チホミロワ、『ドン・キホーテ』のキャラクター・ソリスト勢が印象深い。男性では、ロットバルトのアルテミー・ベリャコフ、そしてバジル役ミハイル・ロブーヒンの明るい包容力と美しい脚が素晴らしかった。


若いコール・ド・バレエが後脚を跳ね上げる山下りは、ボリショイでしか味わえない爽快さ。厚みのある劇場管弦楽団の演奏(ハープ!)と共に、バレエ団の個性を十分に主張した来日公演だった。(11月20、26日 オーチャードホール 12月4、6日 東京文化会館) *『音楽舞踊新聞』No.2942(H27.2.1号)初出