白河直子@笠井叡『今晩は荒れ模様』2015

標記公演評をアップする(2015年3月26日 世田谷パブリックシアター所見)

舞踏、オイリュトミーを基盤とする笠井叡が、女性ダンサー6人に新作を振り付けた。出演順に黒田育世、寺田みさこ、森下真樹、上村なおか、白河直子、山田せつ子。笠井はプログラムで次のように述べている。「6名はそれぞれの全く異なった感性、才能、資質、身体性、キャリアを有しております。共通しているのは、それぞれが舞台に立つ以前に、そのカラダそれ自体がダンス作品であるという、ダンサー主義の極北にいる人達である、ということです」。


さらに「戦争とは、過去の男性文化の最も醜悪な遺物です。これを乗り越え、歴史に新しい地平を拓くのは、すべての文化、民族をつなぐことの出来る女性の生命的な力であると、私は確信しています」と続く。芸術的意義だけでなく社会的意義を視野に入れることが、今の笠井には重要なのだろう。笠井は冒頭、合間、終幕に登場し、ダンサーを呼び込む狂言廻しを担った。


幕開けは笠井。白スーツで客席右端から颯爽と登場する。回転しては倒れ、中腰で天と地を指さす。膝曲げアラベスク、笑いながらの片脚立ち、その間、歌うように言葉を発する。「頭と太陽は間もなく燃え尽きるでしょう、黒い太陽が輝き始めるでしょう、白は黒です、闇は闇、黒は黒だ、いくよー」と、最後は駄洒落で締めて、客席左端に座った。それに応えて、黒い皮の胸当てに黒チュチュ、裸足の黒田育世が、ハイハイしながら奥から出てくる。


黒田はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番1楽章をバックに、力一杯踊り始めた。笠井が冒頭に見せたものと同じ振りを見せる。天と地を分離させる仕草、中腰アラベスク、中腰アチチュードなど。黒田は内股でクラシックのパを力みかえって実行する。カエル手の突っ張り、裸足のスタンピングが、相撲の四股や歌舞伎の荒事を思わせる。相撲取りのような力みが、笠井の黒田解釈なのだろう。


ラフマニノフの叙情的な2楽章は、寺田みさこに捧げられた。肌色のレオタード、銀のTバック、銀のトウシューズを身に付け、生まれたての子鹿のような体を晒す。ルルヴェがこれほど繊細に、また永遠を思わせる時間の中で行われたことがあっただろうか。立ち上がることの奇跡。クラシカルに分割された美しい体に、舞踏という細胞液が満たされて、寺田本来の姿が顕現する。舞踏への捧げ物だった。


3楽章は黒田と、水色のドレスに裸足となった寺田が絡む。黒田の力感と寺田の体の美しさ。油と水、黒い太陽と月。同じクラシック・バレエから始まった肉体の彫琢が、これほど違う体を生み出すとは。ラフマニノフの有名なメロディが寺田の肢体にまとわりついて、東洋的な妖しさを舞台に充満させる。笠井の思考の現在性を覗わせる強烈なデュオだった。


続いて森下真樹と上村なおかが登場。水色と金、水色とピンクの宇宙服のようなお揃いを着て、シュニトケ弦楽四重奏を踊る。シンメトリーの位置関係を多用し、同じ振りを当てたのは、二人が似通った容貌の持ち主だからだろう。ただし個性は対照的。直線的で太棹のような森下と、ニュアンスの色濃い細棹の上村。同じ振りを踊ることで、却って個性が浮き彫りになった。黒田と寺田が笠井の振付を「生きた」のに対し、この二人は振付を忠実に実行する。笠井の振付意図が前面に出た、抽象性の高いデュオだった。


そして満を持してのプリマ登場。薄紫のライトに照らされ、ドレス姿の白河直子が現れる。笠井のアンシェヌマンが見られるが、全く異次元の踊り。研ぎ澄まされた美しい腕、鍛え抜かれた筋肉質の体が、大島早紀子と共に作り上げた呼吸法によって突き動かされ、一気に異空間を作り出す。音楽はマーラー交響曲第5番1楽章、葬送行進曲。白河の全身全霊を傾けた音楽への深い感応が、マーラーの持つ人間存在の苦悩を白い炎のように噴出させた。笠井は白河にのみ、逆光ライトを与えている。何もかも捨て去った剥き出しの生、捧げ尽くす体、犠牲の子羊がそこにいた。


最後はベテラン山田せつ子。銀のおかっぱに白ワンピース姿で登場する。ノイズやピアノ、水滴音(音楽:かしわだいすけ)をバックに、自分の中の少女を愛おしむように踊る。笠井の振付が識別できないほど自然だった。少し自意識が匂ったが、笠井とのデュオになると外向きに変わる。笠井が山田の腹を背後から触れた途端、一気にエネルギーが外に出た。笠井は青年、山田は少女。時空を超えた無垢なデュオである。シューベルトの『冬の旅』終曲で再びソロに。少女の一人遊びがシルエットとなって大きく映し出される。最後は自ら影となり、奥へとゆっくり歩いていった。


大団円はM・トランスのシンセサイザー曲。笠井は赤いチュチュに頭飾り、チュール付きのサンバ風衣裳でノリノリの踊り。6吊りの袖幕から出演者が登場し、ハチャメチャに踊って幕となった。笠井の振付を、出自の異なる6つの体が取り入れては押し戻す実験的作品。最も激しい化学反応を起こしたのは、寺田みさこだった。ダンス・クラシックの無意識の体を、笠井が念入りに耕したかに見える。舞踏にとって新たなヴィーナスの誕生だった。


2015年3月26、27、28、29日 世田谷パブリックシアター
構成・演出・振付:笠井叡、衣裳:萩野緑、照明:森下泰、サウンドオペレーター:角田寛生、音響技術:尾崎弘征、舞台監督:寅川英司、制作:郄樹光一郎、プロデューサー:笠井久子、主催:一般社団法人天使館、提携:公益財団法人せたがや文化財団、世田谷パブリックシアター、後援:世田谷区  *『ダンスワーク』70(2015夏号)初出