西岡樹里×濱田陽平@『無・音・花』横浜ダンスコレクション2016

標記公演評をアップする(1月24日昼夜所見)。

「若手振付家の発掘と育成」、「コンテンポラリーダンスの普及」を目的とする横浜ダンスコレクションが21年目を迎えた。今回から、従来の振付家コンペティションと受賞者公演に加え、オープニングプログラム、3カ国のアジアセレクション、さらに日本・フィンランド・ダブルビルが組まれ、アジアのダンスプラットフォームにふさわしい陣容が整えられた。オープニングプログラムの『無・音・花』は、コンペティションの過去の受賞者、チョン・ヨンドゥの振付。4人のダンサーも同じくコンペティション出場者から選ばれている。同コレクションの歴史と成果を示す作品と言える。


共同演出には現代美術家丸山純子。もぎり入口からフォワイエに至る長い通路の所々に、身の丈50㎝程の白い造花が咲いている。芥子のような風情。銀色の錘で、地面からいきなり直立する。舞台には楕円ドーナツ状の白い花畑、ライトの加減で宙に浮いているようにも見える。近づくと複数の花弁の中に、「こけし」の文字や、赤、緑の色。手提げポリ袋から作られたこの「無音花〜Silent Flower」から、作品の標題は採られた。


構成は二部に分かれ、間にチョン自身のソロが入る。前半はパク・ジェロクの音楽(太鼓のドーンにピアノのミニマルな音)が示す通り、韓国伝統舞踊のニュアンスが濃厚。戸沢直子、中原百合香、西岡樹里、濱田陽平とチョンの5人が、静かに出入りし、ソロ、デュオ、トリオをゆるやかに踊る。韓国舞踊の内向きの動き、前後開脚ストレッチ、中腰片脚立ち、片手を床に付いた横臥フォール、スパイラル回転、などを組み合わせたシークエンスを繰り返す。膨らませた右腕を内側に振る、右手、右脚を外側に回転させ、体幹を左に引く、といった韓国舞踊のニュアンスが、アスレティックな動きに優雅な質感を与えている。


続いて無音でチョンの内省的ソロ。ざっくりとした動きにチョンの素朴さ、大きさが滲み出る。太極拳のような体の溜め、狂言風の中腰、中腰片脚立ちに実質がある。途中、瞑想を促すような音楽が流れると、白い花が蓮に変異した。


後半は西岡と濱田のデュオから。一本の花にピンスポットが当たり、密やかな空気を醸し出す。胡座をかいた濱田の上に西岡が座り、横抱きになる図。濱田が立ったまま西岡の上に乗り、そのまま西岡の胴に脚を巻き付かせてのけぞる男女逆転の図。跪いた濱田の首の後に西岡が座り、バランスを取って立ち上がる軽業風。再び座った西岡を首に乗せたまま、濱田が象のように立ち上がり、奥へと歩く図。水滴音と電子音が微かに響くなか、互いの呼吸を測る、親密な体の対話が連続した。


西岡のコンテンポラリー・ソロの後、4拍子のミニマルなピアノ曲で、チョンを除く4人が中腰でくねるように歩く。くるり反転や片脚立ちをはさみ、韓国舞踊を思わせる八の字回りや、後歩きを加えて、心地よいリズムを生み出す。濱田、戸沢、中原、西岡の順に袖に入り、フェイドアウト


丸山の白い花は、芥子のように瞑想へと誘い、蓮と化して浄土を思わせる。死を内包するリサイクル(再生)のシンプルな花は、アジアの伝統と繋がるふくよかな中腰に、深い呼吸を伴うチョンの振付と呼応して、静かなエネルギーを発散し続けた。


チョンの振付には踊り手を、さらには観客を解放する力がある。一瞬たりとも身体と乖離しない正攻法の清々しさ。そこに洗練を加えたのが、西岡と濱田だった。共に音楽性に優れるが、西岡は音楽を生き、濱田は音楽を表現する。西岡の宮廷の女官を思わせる優美な体、首と腕の雄弁さ、中腰の色気、濱田の動線の美しさ、腕のしなやかさ、デュオでの親密な体が、振付の可能性を拡大し、日韓共同の意義を深めている。


2016年1月23日、24日昼夜  横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
美術・演出:丸山純子、振付・演出・出演:チョン・ヨンドゥ、音楽:パク・ジェロク、照明:丸山武彦、音響:牛川紀政、衣裳:田村香織、主催:公益財団法人横浜市芸術文化振興財団、助成:平成27年文化庁国際芸術交流支援事業、日韓文化交流基金  *『ダンスワーク』73(2016春号)初出